COLUMN

2020.02.24

[HRプロ連載記事]第10話:米倉誠一郎教授と日本のイノベーションを考える(前半)

5.連載記事

1998年に社会人デビューした私は、戦後の日本経済の大復興はもちろんのこと、バブルで好調期の日本経済を体験していない。トヨタ、ホンダ、ソニー、パナソニックなど世界に名だたるイノベーション企業が旗振り役となって、日本が世界を席巻していたのは学生時代のことだ。
その後、日本は2010年に名目GDP世界2位の座を中国に譲り渡し、今や3倍近くの差をつけられている。平成元年と平成30年の時価総額ランキングを比較した表がある。平成元年にはTOP30に21社日系企業がランキングしていたが、30年後にはなんとゼロになってしまった(トヨタが日本最高で35位)。そうした状況の中、この変化の激しい現代において、日本人が本来持っている力を発揮するにはどうすればよいのか。
そのヒントを得るべく、個人的にも長年お世話になっている、日本を代表する経済学者、米倉誠一郎先生を訪ね、共に議論させて頂いた。米倉先生は日本を代表するイノベーション研究の第一人者で、いまも日本中、世界中を精力的に飛び回り、組織に対するさまざまな生きた知見をお持ちの方である。なお、文字量の関係で2部構成とし、今回は、その第一部をお届けする。

第一部:過去の成功体験におぼれず、SocializationとShared Valueで多様性に対応せよ

多様性に対応する力とは

(稲垣)いま私は、およそ半分の時間をインドネシアはじめ海外で過ごしています。そのため、以前より日本を客観的に捉えることができていると感じていますが、改めて日本の課題として意識するのは、「多様性に対応する力をつけるべき」ということです。

(米倉)そうですね。そのためにはまず、多様性の本質を理解するべきでしょう。多様性とは、イノベーションの基になるものです。異なる知識が組み合わさるから、1+1=2ではなく、1+1=5になり、6になって、100になるという世界が生まれます。したがって当然、多様性は大事なものですが、一方で、このような調査結果もあります。アメリカのある大学で、多様性チームと同質性チームに分かれて、いろんなゲームで競わせたところ、意外にも、同質性チームのほうが多く勝利を収めたんです。これはまぎれもなく、単純タスクにおいては、同質性が高いほうが効率的であることを示しています。ですから、日本が海外進出する場は、工場では日本的なマネジメントをきちっとやり、同質性を高めていったほうがいいんです。

ところが、注意しなくてはならないのは、文化的な同質性を強制すると、それに対して抵抗が出て、そのぶん生産性は落ち込んでしまうのです。つまり、それぞれ異質な人間を1つにまとめていくには、“強制力”だけでは無理だということです。確かに、「ツー」と言えば「カー」と返す人間のほうが扱いが簡単で、かわいがりたくもなります。しかし、グローバル化が進んでいる現代では、そうでない人間をマネジメントすることが、何より重要です。日本はいま、“新しいマネジメント力”が問われる段階にきていると言っていいでしょう。

(稲垣)それぞれ異質な人間を1つにまとめる上で、大切なことは何でしょうか。

(米倉)「文化的背景に配慮してニーズを汲み取る」ということだと思います。私が教えていた学生に、インド系のマレーシア人がいました。彼は奨学金をもらって大学に通っていたんですが、お金をきちんと貯め続けて、中古のミシンとバンを買ったんです。そして、故郷でぬいぐるみ工場を始めました。なぜバンが必要だったかというと、送り迎えをすることによって、近隣だけでなく、遠くからも優秀なスタッフを多く集められるからです。それが功を奏し、工場は順調に稼働しました。私も一度見学に行ったことがあるんですが、女性工員たちが、「目標を達成して東京ディズニーランドへ行こう!」、「きゃー」なんて盛り上がっていました。給料だけではない、人間的なインセンティブというのも大事だと感じましたね。

また、アフリカのある地域に行ったときですが、かわいい制服を着ている子供が多いことに気づきました。貧しい国なのに、なぜ子供がそんなおしゃれな制服を着ているかというと、貧しいからこそなんです。要するに、私服だと、ボロボロの服しか持っていない子と、きちんとした服を持っている子供とで、差が出てしまいますよね。ですから、制服を配ってその差を表に出さないというのは、その地域ではすごく大事なことなんです。このように文化的背景というのは、国や地域によってさまざまなので、そこで一番何が喜ばれるのか、本当に必要とされていることは何なのか、といったことを考えるのが大事ですね。

(稲垣)なるほど。相手を徹底的に考えるというのは、マーケティングのアプローチと同じですね。では、文化的背景に配慮してニーズを汲み取るために、具体的にどうすればいいのでしょうか。

(米倉)Easy solution(簡単な解決策)はないです。グローバリゼーションでEasy solutionがあったら、みんなそれをやるから差がつかない。ですから大事なのは、「Management by walking around」。つまり、「現場を歩きなさい」ということです。イノベーションを起こしたいという人間が、会社にずっといてエリート面しているだけでは話になりません。やっぱり、長靴を履いて現場に行き、会話をして、その文化の雰囲気を肌で感じてこそ、真のニーズが汲み取れるんです。

実はこれは、もともと日本が得意としてきたことなんです。一生懸命仕事をした後、皆で飲みに行って、カラオケに行って、休みの日は一緒にゴルフするみたいな、そんなやり方を馬鹿にする人もいるけど、でもそうしたことも、“Socialization(一般社会化)による暗黙知の共有”っていう意味では大事だったんです。こうした過程の中からニーズを汲み取ってたんです。もちろん、その手段は国によって異なります。この国ではどうすればニーズを汲み取れるんだろうと考えて、そういう付き合いをすればいい。そこで初めて見つかるなにかが、絶対にありますから。シリコンバレーでは、ビアパーティーですね。そして、ジェリービーンズとダイエットコークとバナナを口に運びながら、寝袋で寝る。こうしたことはやっぱり、現地の彼らにとってイノベーションの源泉なんです。どういう瞬間に心が開き、お互いに言葉にならない知識が伝達されていくのか、その土地土地によって違うそうしたシチュエーションを、探し出すのが大切だと思うんです。

(稲垣)なるほど、従来の日本は経営と現場との距離感の近く、暗黙知が共有されていた国なんですね。だったら日本人はその重要性を知っているはず。それぞれの地域のSocializationを探すことが、そこでのニーズを汲み取るためのカギになるんですね。

(米倉)もう1つ大切なことは、「Shared Value」です。自分たちの持つ企業文化をしっかり伝えていくこと。つまり、企業の価値観をどう共有するかです。これにはまず、自分たちの企業においてタブーとされていることを考えるといいです。例えば、ホンダであれば、本田宗一郎が生きていたらどうしたかなと考える。それが企業文化です。これを伝えるのにもやっぱりEasy Solutionはありません。現場に行ってこそ、文化や価値を共有することができます。うちの会社は、これだったら100%賛成するけど、これはダメなんだよね、っていうのを、直接伝えて、浸透させていくと、「自分の会社というのはこういう会社なんだ」というのが相手の心の中に形成されていきます。

そういう地道な作業が必要なんです。これは簡単なことではありません。しかし、鼻息荒く、「世界一の現場を作るんだ」、「世界一の工場・会社を作るんだ」という気持ちになっている人間が、いなくては始まりません。

過去の成功体験に縛られるな

(稲垣)では、日本が改善すべきことは何でしょうか。

(米倉)大きく2つあるのですが、1つ目は、「過去の成功体験に縛られるな」ということです。多様性を認めないmonolithic(一枚岩的)な、「これはかつて俺たちがやったことなんだから、お前らもできないわけがない」というような考え方は捨て去るべきでしょう。暗黙知の共有とか、一人ひとりの知のインセンティブを与えるとか、褒めるということをすっかり忘れて、「あるべき形がこれだと。だからこれを学べばいい、このままいけばいい」と思っている人が、まだまだたくさんいます。過去の成功がいまの成長を邪魔している、という皮肉でもありますよね。例えば、優秀な外国人の新人に事務作業をさせているとき、「なぜこの仕事をするのですか?」と問われ、「それは君が新人だからだ」と答えてしまう。そんなのはありえないでしょう。

その裏にあるさまざまな会社の考え方やシステムを伝えて初めて、人は共感するんです。それなのに「昔からこうやってきたから」とか、「これで日本は成功したんだからこの通りやるんだ」と言ってしまうのが、日本人の弱いところですね。多様性のマネジメントに、本当に慣れていないんだと思います。

(稲垣)私もインドネシアでローカルスタッフを教育するポイントは、「モノサシ(どの程度・どの頻度で)」、「理由(なぜやるのか)」、「ベネフィット(あなたにどんないいことがあるのか)」を伝えることである、と常々言ってきました。そのことと同じですね。

(米倉)そうですね、共感しないと人は動きません。もう一つ、いまの日本人にに求めることは、「失敗を蓄積することも大切だ」ということです。我々はKnowledge Managementと呼んでいますが、ナレッジはナレッジタンクに入れておき、皆で共有できるようにしなければならないと考えています。でも、日本ではそれが暗黙知だとかなんとか言って、言語化も共通化もしないから、その暗黙知を理解できない外国人は、同じ失敗を何度もしなくてはならない。成功よりも、特に失敗の蓄積が大切です。ナレッジマネジメントの要諦は失敗です。「失敗をどれくらい蓄積できて、それを誰もが見れるようになっているか」というのが、企業の底力になっていくのだと思います。

取材協力:米倉誠一郎(よねくら せいいちろう)さん

1981年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1990年、ハーバード大学にてPh.D.(歴史学)を取得し、1997年より一橋大学イノベーション研究センター教授。1999年~2001年および2008年~2012年3月まで、同センター長。2012年3月よりプレトリア大学ビジネススクール(GIBS) 日本研究センター所長を兼務。現在、法政大学、一橋大学の他に、Japan-Somaliland Open University 学長をも務める。企業経営の歴史的発展プロセス、とくにイノベーションを中心とした経営戦略と組織の史的研究を主たる研究領域としている。経営史を専門とする一方で、関心領域を広く保ち、学際的であることを旨としている。季刊誌『一橋ビジネスレビュー』編集委員長、及びアカデミーヒルズにおける日本元気塾塾長でもある。『経営革命の構造』(岩波新書)、『創発的破壊:未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)『イノベーターたちの日本史:近代日本の創造的対応東洋経済新報社』(東洋経済新報社)、『イノベーターとしての人間・松下幸之助』(ミネルヴァ書房)など、著書多数。


本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
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