COLUMN
組織マネジメント関連の書籍は、時代を問わず、いつも売れ筋ランキングの上位に入っており、書店には多くの本が並ぶ。昔からの名著もあれば、いまの時代に合わせた新著もあり、いつの時代もビジネスパーソンにとって、組織をマネジメントすることへの興味関心は高いようだ。
私は、組織マネジメントにおける最も重要な要素は、「対人関係構築力」であり、それは緊張感のある現場でこそ、磨かれる力だと思っている。もちろん、本などで得る体系的な知識も必要だが、机上の空論だけでは力はつかない。大切なのは、いかに多くの困難に立ち向かい、強いプレッシャーの中で試行錯誤する経験を積むかだ。
その点、日本人が海外というアウェーで経験する組織マネジメントは、貴重な体験である。本社からの期待を背負いながら、一方で、立場や文化が大きく異なる外国人と共通の目標を設定し、彼らのモチベーションを高めることが求められるからだ。
INDEX
ASEAN諸国に赴任となった駐在員が直面する課題の一つに、「急に立場が偉くなって戸惑う」ということがある。日本では非管理職で、部下を持った経験のない20代後半・30代前半の方が、急に何十人の組織を束ねる“お偉いさん”になるのだ。
当然、駐在先での部下には様々な人がおり、その壁を乗り越えて組織をマネジメントしていかなければならない。言葉や宗教の違いは大前提として、自分よりも年上で社会人歴が長い人、または熟練の技術者が部下につくなど、立場が逆転するのはよくある話だ。また、まじめな日本人から見ると現地には、“働く事に対して責任感を感じられない人”もたくさんいて、朝きちんと会社に来ることから指導の必要な部下もいる。
しかも、日本から来た駐在員の待遇は、現地の従業員より厚いのが常で、部下はそれを知っている。様々な感情がうごめく中で大勢の部下をマネジメントし、日本本社から期待される経営目標を達成していかなければならないこの状況には、日本ではなかなか味わえない緊張感がある。
こうした状況にどう順応すればよいか、ご相談を受けることは多い。今回、こうした問題に対する解決策を見出すべく、パナソニックの家電系販売会社、PT. Panasonic Gobel Indonesia(PGI)で営業企画をご担当されている上田さん(36歳)に話を伺った。
PGIは、多くの営業社員を抱える会社で、私は以前、上田さんからご相談を受け、営業研修をさせていただいたことがある。営業社員はモチベーションが高く、優秀な方が多かったが、経営陣の期待と照らし合わせると様々な課題が散見された。上田さんはこれらの課題と日々向き合い、緊張感あふれる現場で施策を打ち続けている。上田さんとの話から、組織マネジメントに関するヒントを掴んでみたい。
(稲垣) まず、インドネシアにおける、パナソニックの状況などお聞かせください。
(上田) インドネシアに展開する家電系のパナソニックは、テレビ・冷蔵庫・エアコン・洗濯機を一般消費者向けに製品を生産し、販売しています。Panasonic Manufacturing Indonesiaという製造会社、Panasonic Gobel Indonesiaという販売会社で構成されています。私の所属するPGIの社員数は約430名で、うち約300名が営業です。私は営業部門のAdvisorとして、営業戦略や営業社員の生産性向上の施策などを立案・実行しております。
近年景気悪化のため、家電製品の需要は伸び悩んでいるものの、例えば地方では川で洗濯していたりして、電化率も低く、まだまだポテンシャルのある国だというのが我々の見方ですね。当社はTV、冷蔵庫、洗濯機、エアコンの4つの製品カテゴリーで、2017年は前年より、約3ポイントシェアを伸ばしています。過去のNationalブランドの時代から培ってきたブランド力が強く、ユーザーから高い支持を得ているため、日本本社からの期待も、特に大きい国です。同時に、LG・Samsung・SHARPと強力な競合がいるため、少しも気を抜くことは許されない、シビアなマーケットでもあります。
(稲垣) やはり日本と、販売戦略やユーザーフォローの施策などは異なりますか?
(上田) そうですね。日本では量販店が強いため、限られた量販店と信頼関係を作り、店頭でどれだけ販売を伸ばしてもらうかが営業のポイントになるのですが、インドネシアでは卸が強いため、営業のやり方が全く異なります。都市ごとにある卸が、自分の抱えている小売店に商品を卸していくので、当社の営業は、たくさんの卸と信頼関係を作っていくことが求められます。
また、先進国との一番の価値観の違いは、サービスの充実です。この国のユーザーは、物を買うとき「一度買ったら長く使いたい」という思いが強いので、商品購入時には、保証サービスについてすごく敏感です。当社は、インドネシア中にサービスセンターを展開し、ユーザーと直接コミュニケーションをとり、商品の修理をしたり、代替品の貸し出しをしたりして、顧客に寄り添ったサービス活動を展開しています。
このように、販売網もサービス網も、たくさんの卸やユーザーと信頼関係を作って開拓していくのは、非常に地道な作業です。この広い国の隅々まで、いかに“血管”を張り巡らせられるかが肝になってきます。
(稲垣) インドネシア人の特徴に合わせたマネジメントの工夫は、どのようにされていますか?
(上田) インドネシア人の特徴としては、短期集中で何かを成し遂げる力や、目標を持って向かっていく力が強いと思います。ですので、成果が出たらすぐに報酬が出るような短期的なインセンティブを設定し、その力を引き出そうとしています。中・長期のインセンティブとなると、こちらの人はモチベーションがだんだん下がってきてしまうんですね。
目標設定やインセンティブは、月べースで見直し、その都度細かく修正しているのですが、それでも支店から挙がってくる声に耳を傾けると、目標がおかしい、インセンティブをもらってない、ルールが不公平だ、などという声がよく挙がってきます。
こちらとしては彼らのモチベーションを上げることが何より重要なので、販売実績が急に落ちたエリアや、重点的に売上目標を上げたエリア等、気になる国内拠点(14カ所)をぐるぐると回って、どんどん施策を打ちます。もちろん、彼らの要求にこたえるだけでは強い組織にならないので、時には檄を飛ばすこともあります。
しかしながら、言い方や打ち手を間違えたり、対策が後手になってしまったりすると、社員が辞めたり、お客様に迷惑をかけたりして、営業成績に大きく影響してしまうので、自分の判断やコミュニケーションの仕方には、細心の注意を払って取り組んでいます。私の年齢を考えると、日本で考えられないようなスケールでの組織マネジメントを経験させてもらっていると思います。
(稲垣) 上田さんは現場によく足を運ばれているな、という印象です。昔から現場主義だったのですか?
(上田) 実は、昔は、社員からのレポートで判断し、会社で対策を打って指示をしていたんですが、それだとうまくいかないことが多かったんです。例えば、スマトラのある都市の話なんですが、小売店をたくさん持つ卸のオーナーと話をして、当社の商品が売れるよう小売店を回って営業する人を本社から派遣してサポートする、という話になりました。ところが、2カ月後にオーナーから連絡が来て「やっぱり引き上げてくれ、あんなやつはいらない!」とクレームが入りました。担当支店のレポートでは、「派遣した社員はまじめにやっていて問題ない」と報告がきていたので安心していたんです。
慌てて現地に行ってみると、派遣した営業は、オーナーとうまくコミュニケーションがとれていませんでした。卸の店舗にくるお客さんだけに営業をしていて、オーナーが期待していた小売店の営業には行ってなかったんです。そのことを、支店長へもきちんと報告はしていなかった。そしてどうやら支店長も、実際に現場を見に行っておらず、この状況を把握していませんでした。オーナーとの信頼関係は崩れてしまい、この時は、危うく取引がなくなりそうになりました。慌てて様々な施策を打ち、オーナーの信頼を回復することができたのですが、下手をすると、この地域で当社の商品を売れなくなってしまうような一大事でした。
この事例では、営業スタッフの問題よりも、エリアを統括している支店長が現場の状況を把握していないということが、大きな問題なんです。それからは、各支店長には、私の行くところに同行してもらい、同じ時間を共有し、同じ課題を感じ、相談した上で施策を打つようにしています。地道なことですが、こういうことの積み重ねが、強い組織を作っていくんだと思っています。
(稲垣) 組織マネジメントの観点で、これから駐在される日本人の方へメッセージがあれば、お願いします。
(上田) 赴任当初の自分に言い聞かせたいことですが、「自分はリーダーだから教えてあげる」というスタンスではなく、「日本人は外様なんだ」と意識するのが大切だと思います。まずは相手のことを理解し、その上で自分がどう貢献できるか、というスタンスで来た方がいいと思います。
こちらに赴任した当初は、日本では経験のない大きな経営目標を持たされたり、大きな組織を任されたりするプレッシャーでかなり気を張っていたと思うのですが、それゆえ、思い通りに動かない部下を叱りつけることが多かったんです。でも、私が怒ることで彼らは委縮するものの、行動や結果があまり変わらなかった。
今考えると、私のコミュニケーションは「命令」になっていて、彼らの「納得感」や「共感」を生んでいなかったのだと思います。当時はうまくいかず、非常に悩みました。その時に、山本五十六の有名な言葉「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」を思い出したんです。
まず私自身がやって見せて、さらに細かく説明をし、納得感を持たせて、実際にやらせてみる。そして、できたことに対しては、称えたり、インセンティブで評価したりする。すると、彼らの意識や行動が変わってきたんです。山本五十六のこの言葉は昔から知っていましたが、この国にきて初めて、自分ごととして実感できました。
インドネシアは元来、多様性のある国なので、文化の違いも地域ごとにあります。常にフラットな姿勢でいろんな人と接することで、日本では得難い経験が数多くできます。
私は1998年、ITバブルが本格化する前の時代にベンチャー企業に、新卒で入社した。時代と共に会社は倍々ゲームで大きくなり、入社1年目から組織をマネジメントする経験を得た。会社から与えられた大きな目標やプレッシャーと、自分よりも年上や、社歴の長い部下をマネジメントしなければならないやりにくさの狭間に立ち、当時はずいぶん苦労をした。
しかし、いま思えばこの緊張感のある経験は、自分の中で何にも代えがたい財産になっている。上田さんは、インドネシアという異国の地で300名という大きな組織を管轄されているため、私の新人時代の経験と比較するのは若干失礼だが、同じようにヒリヒリした緊張感の中で組織マネジメントをされている話をお聞きして、自分の持っている財産を思い出すことができた。
昨今は、若い方が海外に行きたがらないという話をよく聞く。組織マネジメント力は、ビジネスパーソンとして成長する上で、とても重要な力だ。この力を身につけたければ、海外赴任は絶好のチャンスである。ぜひ経営者や人事の方々には、若い社員の背中を押して、海外に行く機会を増やしていただきたい。
取材協力:上田 幸宏(うえだ ゆきひろ)さん
PT. Panasonic Gobel Indonesia Advisor
1981年大阪府門真市出身。同志社大学法学部(ゴルフ部所属)卒。2006年松下電器産業入社。2014年からインドネシアに赴任し、営業企画担当として、300名の営業部門の戦略立案・実行、営業指導を務める。家族もインドネシアに帯同し2児の父でもある。
本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=1455&page=1