COLUMN
本日の対談ゲストは、私とは20年近くのお付き合いになるHRコンサルタントの池照佳代さん。本記事では、池照さんと「グローバル化時代の子育て」について対談した。私にも2歳の息子がおり、大変興味のあるところだ。池照さんはEQ(Emotional Intelligence Quotient)の専門家でもあり、2021年3月に新著『感情マネジメント 自分とチームの「気持ち」を知り最高の成果を生みだす』を発行された。ご自身は台湾にルーツを持たれ、キャリアも外資のHR部門を中心に活躍されていらっしゃる。そして20歳になる息子さんは日本では数少ないプロのウィンドサーファーとなってハワイに在住されている。まさにThe Globalな池照一家。「子育てをプロジェクト化せよ」が彼女の子育て論という。そんな大変興味深い話を今回は伺った。
INDEX
稲垣 池照さんはEQの専門家でもありますが、当社エイムソウルが提唱しているCQ(Cultural Intelligence Quotient:異文化適応力)は、実はEQの一部だという整理もできます。まずEQとはどういうものか教えていただけますか?
池照 EQは感情知性といって、「自分の感情や思考をマネジメントして、成果に向けて動かす力」です。日常では、「いま自分はこういう感情だ」なんて、いちいち立ち止まって気にしませんよね。しかし、人間は感情を持つ生き物なので、自分の感情をマネジメントしていくことがとても大事です。何をしたら自分がハッピーになるのか、気持ちが上がるのか、落ち着くのか。それを知っておくことは、自分の人生を豊かにするために、とても大切だと思うんです。欧米ではEQを科目として取り扱う学校が結構あるのですが、日本にはほとんどありません。今年の2021年4月から、山野美容芸術短期大学では感情マネジメントが必修科目になり、私が教鞭をとることになりました。
稲垣 そもそもEQはどういう始まりで生まれた概念なんですか?
池照 1980年代に心理学者の先生2人が、当時の企業の人材アセスメントに疑問をもった事がきっかけになっています。80年代というのは、米国の大手企業では「IQの高さ」と「高学歴」が人事のアセスメントの要件だったんですよね。EQなんてものは存在しなかった。ところが、IQの高い人達が集まっている会社でも、結構な数でコンプライアンス系やハラスメント系の事件が起きるわけです。
稲垣 IQの高い人達が非合理なことをしてしまうと。
池照 そう。彼らはそれをただ単純に疑問に思ったんです。こんな頭のいい人たちがなぜこんな非合理なことをするんだろうねと。全米中を調査研究したら、どうやら感情をコントロールできる人間のほうが組織をうまく回しているらしいということが分かった。それで彼らが書いた論文から生まれたのが「EQ」という概念です。
稲垣 先ほど仰っていましたが、欧米ではEQ概念が学校にも根付いているのですね。
池照 現在、当社のスタッフがシリコンバレーに在住していて、娘さん2人は現地の学校に通っています。1つの例ですけど、アメリカの学校では、お友達のいいところを3つみんなで言い合いましょうという時間がある。「稲垣君は優しいです」とか、「稲垣君は面白いです」とか言うんですね。それから、「あなた自身はハッピーなの」とか、「あなた自身はどう感じてるの」という問いをします。
「How do I feel?」が1番の根底になっています。いいとか悪いとか、ハッピーじゃないといけないとかじゃなくて、悲しくてもイライラしていてもいいのです。感情を評価することなく認めることが大事なんです。EQは、社会の中で自分の気持ちと相手の気持ちを知り、大切に扱い、そして相手の感情にも配慮しながら自分達がよりいい世界を作っていくためのライフスキルなのですね。多様な価値観や宗教が混在する米国では、自分の気持ちを自分で知り、自分でマネジメントするスキルこそが自分自身を守ることにもなります。価値観や気持ちをきちんと意思表示することが、人生の選択を自らしていく力にもなります。
稲垣 日本ではEQの授業などがほとんどないということですが、「How do I feel?」という発言自体もあまりしないような気がします。
池照 そうですね、「〇〇をすべき」とか、「学生らしくしなさい」とか、「女の子らしくしなさい」とか、「周りの人の迷惑にならないように」とかは言われますが、自分の感情を問われることはほとんどありませんよね。
稲垣 ルース・ベネディクト氏の『菊と刀』で、彼女は、日本人は「恥を基調とする文化」、欧米人は「罪を基調とする文化」といっています。日本人は誰かが見ているのでごみを捨てないが、欧米人は神が見ているのでごみを捨てないと。
池照 人の目を気にしながら行動を選択することは必ずしも間違いではありませんし、もし意図をもって本人が納得しているなら良いかと思います。しかし、1つのアプローチとして、自分自身が主観的にどう感じ、考えるか、主観的に自分の行動をどう表現するかを選択することが、結果的に自分を大事にし、周囲に対しても嘘のない状態だと思っています。
稲垣 では本題の子育てについて。そもそも息子さんをグローバルに、もしくはアスリートとして育てようと思っていたんですか?
池照 まったく思っていません(笑)。彼が小さい頃から、私も仕事ではEQを扱っていましたが、家ではそんなことをしていないわけです。もう私「“早くしなさい”母ちゃん」ですよ。「早く起きなさい」、「早く学校行きなさい」、「早く宿題やりなさい」、「早く食べなさい」、ワーキングマザーが最も発する言葉の一つが「早く○○しなさい」ではないでしょうか。とにかく仕事に子育てにと分刻みに動いている感じでした。ただ、彼の自我が出てきた時、彼が意思を表明し始めた時が1つの山で、例えば子供ってものすごく矛盾したことをしますよね。塾に友達と行きたいと言うから塾に通わせたのに、塾をサボったりするわけですよ。「塾に行きたいって言ったじゃない」と混乱しますよね、親としては。高いお金を払って行かせているのにとも思うんですよ。でもその時、あれ、この子は、本当は何をしたいんだろうとか、本当にしたいことを言えない環境なのかなと思っちゃったんです。それは同調圧力かもしれないし、親にいいところを見せたいのかもしれない。
もう1つは私がなんとなく普段の会話で、「普通はみんな塾に行っているでしょ」とか、「誰々ちゃんも行っているでしょ」みたいなことを言ってしまっているからこそ、それを感じとって彼は行きたくないと言えないのかもというのも思いました。自分がEQを学んですごくよかったなと思ったのは、息子が何をする時に一番夢中になっているだろうって冷静に考える時間をもてたことです。そうしたら、彼の場合、確実に「勉強」ではありませんでした、残念ながら(笑)。
稲垣 それは小学校の時ですか?
池照 小学校高学年の時ですね。一応自分で受験すると言ってしまった手前、彼は最後の1ヵ月だけ頑張ってみたんだけど、すごく辛そうだったんですよね。本人がやるって言うから伴走はしましたけど、でも何に対して一番夢中になっているかなと考えたら、それがやっぱりウィンドサーフィンだったんです。
稲垣 ウィンドサーフィンは何歳のころからやっていたんですか?
池照 5、6歳からですが、そのころは週末に私たちが東京から湘南や江ノ島まで連れて行っていました。でも、中学生くらいになると、自分一人で湘南まで行くようになる。そのうち飽きるだろうからと放っておいたのですが、全然飽きずに行くんですよね。それを見た時、そうか夢中になっているものはこれだと分かりました。
ご子息のプロウィンドサーファー池照貫吾選手
稲垣 それはすごい。親としては子供が夢中になることをさせてあげたいけれど、それは何だろうと思っている人は多いと思います。気づくには何が必要なんでしょうか。
池照 私は「観察眼」だと思っています。もちろん誰でも子供の姿形は見ていますが、この子が何に対して、ご飯を食べなくても続けていられるぐらい夢中になっているのは何だろう、と観察することだと思います。観察するというのはEQでもとっても大事なプロセスです。あとは子育てをプロジェクト化することだと思っています。
稲垣 子育てをプロジェクト化ですか? 仕事みたいですね。
池照 自分が起業して得たスキルの1つにニコワーク(R)というのがあるんです。起業してやることがすごく増えてきた時に、自分だけじゃにっちもさっちもいかなくなって、周囲を巻き込んで、やること全てをプロジェクトにするっていう考え方をフレームにしたんですよ。仕事でもなんでも「オブジェクティブ(目的)」がまずありますよね。これはなんのためにやっているのかを考える。それから、達成率を〇〇%上げるとかいう定量的な目標である「アウトプット」がありますよね。そして「サクセスファクター」、これは定性的な成功指標のことです。例えば、達成率を○○%上げるには会社の雰囲気がどんな風に変化して、社員がどんな表情になったり、どんな言葉が発せられたりしたらよいかを考えます。最後に「タイムライン」、いつまでに何をするのか。このObjective(目的)、Output(アウトプット/定量目標)、Success Factor(サクセスファクター/定性目標)、Timeline(タイムライン)の4つを基にプロジェクトを描いたら、複数の案件を回していても混乱しなくなったわけです。それで、この4つをプライベートにも入れようと思ったんです。このOOSTはこうして描くとニコニコ笑顔のマークになりますよね。自分が携わるプロジェクトを笑顔でやりきるという意思があるからです。
稲垣 なるほど。たしかにOOSTで整理できるかもしれませんね。
池照 そうでしょう。息子を育てるのがプロジェクトだというのは、小学校2年生ぐらいの時に思ったんです。というのも、学校の保護者との会話は、「どこの塾じゃないとだめだ」とか、私の実家は医者家系なので「医学部に行くためにはどういう勉強をしないといけない」とか、外からのプレッシャーがすごく多かったんですよ。その時、周りの情報に私自身がすごく振り回されているなと感じました。そもそも私は彼をどうやって育てたいんだ、彼にどんな大人になってほしいんだろうと、夫と話し合ったんですよ。まさにニコワーク(R)のObjectiveから考えました。友人や仲間に囲まれ、彼の最大の強みである笑顔の時間の多い、そして自分でご飯を食べていける大人になってほしいと思ったとき、私自身が周囲からのいろんなプレッシャーから解放されて、彼の個性や考えをすごく柔軟に受け止められるようになりましたね。
稲垣 楽になった。それで息子さんがウィンドサーフィンをしやすいこともあって、池照家は東京から鎌倉に引っ越すわけですね。
池照 はい、そうです。
池照 これは、EQの考えでもあるんですが、大人も子どもも「主観」を育てないといけないと思っています。「私はどう感じている?」「How do I feel?」という問いを自分に向ける機会は少ないですよね。
稲垣 日本で働く外国人の人達に日本の不思議なところを聞くと、なぜそのルールがあるのかを説明してくれないところだと言います。「それは決まっているから」、「みんなやっているから」と言われる。まさに暗黙知です。欧米人はじめ「I」を大事にする人は、その暗黙知が理解できないのですよね。日本の教育の仕方もそうかもしれません。一生懸命勉強したらいい大学に入れて、いい大学に入ったらいい会社に入れて、いい会社に入ればどんどん給料が上がって幸せになるっていう高度経長期のフレームワークがあったわけです。しかし、今はそれが崩壊しているにも関わらず、子どもの教育はこうあるべきという暗黙知は残ってしまっている。だからニコワーク(R)のアウトプットはみんないい大学に入るという事になってしまう。
池照 子育てでいうと、テストでよい点数をとるとか、いい学校に入るという目標は通過点でしかありません。本来その先にこの子にどんな大人として生きてほしいか、というObjective(目的)があるはずです。プロジェクト主要メンバーである親同士がチームとなりこの目的を共有できていれば、特定の学校に入ることや留学することなどは、通過点としてのアウトプットになります。では、その学校に入るにあたり、“どんな気持ちでそこに向かってほしいか”を考えるのがサクセスファクターとなります。ただ「○○学校に入る」でなく、入るまでにどんな気持ちで日々をすごしたいか、どんな風に時間を使うべきかです。健康を害してまで、または追い詰められた環境でこれを達成させることでよいのか、それを考えなくてはならないと思います。本当は子供の意見をきちんと聞ければよいと思いますが、実は子供はそんなに言語化が上手でない事もあります。その際、私たちができるのが観察力だと思います。子どもの表情を見たり観察したりして、笑顔でいる時間が一番長いのはどこなんだろうとか、何を一番夢中になってやっているのかなっていうのを探すしかないと思うんですよ。
稲垣 やはり観察なんですね。観察しないと見えてこない。
池照 企業活動も一緒だと思います。仕事をします、成果を出します、納期を納めますっていうのは、アウトプットじゃないですか。どこの会社もこれはジョブディスクリプションに書いてあります。私は女性活躍推進の支援もしていますが、なぜみんなが管理職になりたがらないかといったら、サクセスファクターがないからです。能力的には、すぐにでも管理職になれる人たちがこれだけ育っているのに管理職に魅力を感じないのは、幸せな感じがしないからです。管理職になるという分かりやすい目標に、そうなるにあたり、どんな気持ちでそこに向かい、管理職になったらどんな風に過ごしたいか、そこをちゃんと本人からも見出すことが大切です。人は数値と分かりやすい目標だけでは説得はされますが納得はしません。そのためにも、今現在管理職についている人達に「何が幸せか?」「何が喜びか?」を聞き出し、伝えていく工夫が必要だと思います。サクセスファクターは言葉を分解すれば、「サクセス=成功」、「ファクター=指標」ですから、自ら描く成功の指標、何をもって成功とするかを描くということです。
稲垣 今は50年前と違ってサクセスファクターが多様化していますからね。
池照 50年前と今で違う事の一つは、幸せの定義が一つじゃなくなったっていうだけの話です。今は50人いたら50通りあるっていうだけだと思うんですよ。カローラに乗って白物家電を買っても幸せだったけど、今はそうじゃない幸せも幸せだとする人達が、50人いたら50通りいるという話で、それだけな気がします。
稲垣 みんな子どもに幸せになってほしいという大きなオブジェクティブがあり、いい大学に入っていい会社にという定量的なアウトプットがあり、そのあとには、なにか幸せがあるんだと思っている。でもそこは人によって捉え方が違うわけですよね。だからちゃんと観察をして、何が好きなのかを知ることが大切ですね。
※ニコワーク(R)はアイズプラス株式会社の商標登録です。
池照さんは息子さんと本当に仲が良い。親子ではあるが友達のような付き合いで、一人の人として対等に接している。そんな彼女から、子育てはプロジェクトだという言葉を聞いてびっくりした。子育てを仕事のフレームワークで考えることはなんとなく違うと思っていたからだ。しかし、よく考えてみれば日々仕事で真剣に成果を求めているわけで、そこのノウハウは子育てでも活用できるはずだ。ニコワーク(OOST)のフレームワーク、そして特に大事なサクセスファクターについて、私も子育てを考えてみたいと思った。
取材協力:池照佳代さん
法政大学経営大学院卒、株式会社アイズプラス 代表取締役、NPO法人キーパーソン21 理事、NPO IC(インディペンデントコントラクター)協会理事。Mars Japan、Ford Japan、adidas、Pfizer等で人事職を担当後、2006年アイズプラス社を設立。「心豊かに働くをデザインする」をミッションに人事・経営コンサルティング、人事・評価・教育制度や仕組みの設計、人材、組織開発、そして人とビジネスのマッチング業務を提供。特にEQ(感情知性)のトレーナーとして国内外で活動し、日本でのEQトレーナーの育成、ネットワーク化をリードする。その他、複数の理事を務め、キャリアや働き方に関する社会課題解決に関わる。日本初のEQオウンドメディア EQ+LAB.主催。息子はプロウィンドサーファーの池照貫吾氏。
著書:感情マネジメント 自分とチームの「気持ち」を知り最高の成果を生みだす