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[HRプロ連載記事]第42話:ミャンマーから学ぶ、“海外優秀人材”のパフォーマンスを最大限発揮させる「組織風土」とは

8.連載記事

本シリーズでは、アジア各国で活躍する人材ビジネスの企業の方々に、その国で成功する秘訣をお聞きしている。第7弾となる今回は、ミャンマー。1997年にミャンマーで小さな英語塾を設立したことをきっかけに、インターナショナルスクール、私立学校、日本語教育機関、送り出し機関など、幅広く教育機関や人材事業を展開する、ES4Eグループの有馬さんと対談をすることになった。

報道されている通り、ミャンマーでは2021年に軍事クーデターが勃発し、アウンサンスーチー元国家顧問とティンチョー大統領が拘束され、現在も抗議活動に対する弾圧が続いている。私自身、ミャンマーはまだ訪れたことのない国で、今どのようなことが起こり、生活している人たちがどのような心境で暮らしているのかを想像することは難しい。

今回の対談相手である有馬さんのお父様は、ES4Eを立ち上げた方で、ミャンマーで最も有名な日本人の1人である。ミャンマーの歴史や文化を知り尽くし、今の国内情勢に対して「当事者」としてかかわる有馬さんに、この国の実情をお聞きした。

不安定な情勢下でも再開した、日本への「送り出し」制度

稲垣:まずは有馬さんのプロフィールを教えていただけますでしょうか。

有馬:1986年6月20日、熊本県生まれです。これまでの経歴は、シンガポール日本人学校に入学して4年生まで過ごした後に、オーストラリアに4年、ハワイに7年おりました。その後、少し日本で活動し、2014年にミャンマーに来て、父が長く現地で行なっていた教育事業を手伝う形で始め、同時に人材関係の仕事にも従事するようになったという経緯があります。

稲垣:お父様がミャンマーで非常に有名な方だと思うのですが、お父様はいつ頃、ES4Eを立ち上げられたのでしょうか。

有馬:父が最初にミャンマーで事業を起こしたのは1997年です。その頃ミャンマーの孤児院を訪問する機会があったそうで、そこの子供たちが非常に粗末な食事をしていることに心を痛め、「自分で何か支援できることがないか」と考えた結果、唯一携わった経験のあった教育事業をスタートしました。ミャンマーで小さな学校を作り、その売り上げの一部を孤児院に支援しようとしたことが始まりですね。それが「塾」から少しずつ「インターナショナルスクール」になり、私立学校になって、それに日本語教育部門が付随したりといった形で、結果として幅広い教育機関になったようです。生徒数としては、多い時で幼稚園および小学校・中学校・高校を合わせて1500人ぐらいのミャンマー人がいました。そこから「ES4E」という、我々の人材会社送り出し機関の母体でもある教育機関に展開していきます。

稲垣:すごいですね。実際に送り出し機関を実施されたのはいつからになるのですか?

有馬:送り出し機関は2014年からです。

稲垣:民主化のタイミングの後ですね。

有馬:そうですね。ミャンマーの場合、技能実習生の送り出しというのは数年間止まっていたんです。日本とミャンマーの覚書が調整されて、再開したのが2013年の夏頃。そのタイミングで我々が送り出しの事業にも参入したという形です。先ほどお話ししたように、ES4Eの立ち上げの際の目的は「孤児院の支援」でしたし、現在でも孤児院の支援は行なっているのですが、孤児院って小さい子ども達が少しずつ大きくなっていって、だいたい14~15歳くらいで出ていくんですよね。ミャンマーでは中学校から毎年進級試験があるのですが、進級できなくなった子は学校にも通うことができず、田舎へ行ってきつい肉体労働をするような生活をすることになります。ずっと見てきた子ども達が、田舎できつい仕事しかできない環境になってしまっていることを聞き、「なにかできないか」と思っていたところ、ちょうど「送り出し」という制度が再開することを知りました。それならば、全員とまでは難しいとしても、そういった子どもたちを少しでも日本に送り出してあげることで、それを見ている孤児院の小さい子ども達が「僕も頑張って大人になったら、お兄ちゃんたちみたいに日本に行こう」という夢を持てるのではないかと考えたことが、送り出しを始めたきっかけです。送り出し機関は、日本の人からすると“人材屋さん”というイメージを持たれがちだと思いますが、我々は“人材屋さん”ではなく“教育機関”として始めました。

日本企業にとって、今はミャンマーの優秀な人材を獲得するチャンスの時期

稲垣:ミャンマーの方々は、「日本で働く」ということをポジティブに受け止めているのでしょうか。

有馬:ミャンマーでも、もともと日本は働き先として人気な国ではあったんですよ。こういった政治情勢になって以降、さらに「日本で働きたい」という希望者が増えている状況で、今年の12月の日本語能力試験の申し込みが1ヵ月ほど前に開始された瞬間は、申し込み用紙の奪い合いがすごかったです。それほど、この試験を受けて日本に行きたい人が溢れている状況が、いま発生しています。政治情勢が変わる前は、田舎で仕事を見つけるのが難しい子たちがメインで応募してきていたようなイメージですが、今はヤンゴンなどで優秀な大学を出ているような子たちも、「技能実習生として日本に行きたい」と考える傾向が見受けられます。

稲垣:2021年の軍事クーデター後、ミャンマーの通貨チャットは、対ドルでもかなりチャット安になっていると思います。国内経済は今どのような状態なのでしょうか。

有馬:経済的には非常に悪い状況です。かつては、だいたい1ドル=1500チャットという状況だったのですが、それがクーデター以降、すぐに2000チャットオーバーになって少し落ち着いた後、最近になってまた動き始めて、今はだいたい3500チャットほどになっています。一日のうちでもけっこう動くため、3500チャットだったのがその日のうちに4400チャットになったり、また次の日は3500チャットに戻ったりといった感じです。物価に関しても、やはり輸入品は倍以上の値段がつくようになっていますし、かといって現地の人の給料のように、基本的にチャットベースで支払われるものに関しては上がっていない。我々のように外国人が経営しているところであれば、例えば「2割の手当を乗せましょう」といったこともありますが、ほとんどはそうではないため、現地の人の生活は非常に苦しくなっていると思います。

稲垣:そうした状況が、日本に行こうとする若者が殺到することに影響しているんですね。

有馬:そうですね。今は、面接の履歴書などを見ると、大学を休学している子が非常に多いんですよ。コロナになって大学が閉まり、それからクーデターが起こって……。大学は今また再開したのですが、「この情勢の中で通いたくない、通えない」という子が多いです。将来について、本当はいろいろなこと考えていたはずであるだけに、本当にかわいそうで、私としては彼らの新しい道を応援してあげたいと思っております。

稲垣:そのような優秀な学生たちが技能実習生として入ってくるということは、受け入れる日本からすると、今までは来てくれていなかった層のミャンマー人が増える可能性があるということですよね。

有馬:今はそう感じています。昨日も25人ほど面接をしましたが、例えば工学部に途中まで通っている子も3人ほどいました。工学部は、ミャンマーでいうとトップの部類に入る学部なんですよ。ミャンマーの場合、高校の卒業試験の点数によって入れる学部が決まるのですが、一番上位がドクターに入り、その次は工学部、その次が外国語学部といった形です。今までであれば実習生には応募せず、日本に行くとしたらエンジニアビザでエンジニアとして日本に行くような、高校卒業点数が高い優秀な子たちが、大学に途中までしか行けなかったために実習生として日本に行こうとしている状況です。

稲垣:その学生たちは大学中退もしくは休学しているために、技人国のビザは取れないということでしょうか。

有馬:卒業していないので、取れないんですよね。

稲垣:なるほど。いま、ミャンマーからの送り出しはもう再開しているのですか?

有馬:再開しています。他の国と足並みを揃えて、今年の3月にスタートしました。実際、他の国は日本が再開するタイミングでスタートしたものの、ミャンマーはそれに加えて現地との調整も様々にあるため、手続きなどがちゃんと進むのか心配されたお客さまも多かったです。しかし、他の国と足並みを揃えてミャンマーからも出国していったため、基本的に送り出しにおいて現在の情勢は影響されず、今も進んでいます。

「親密なコミュニケーション」がミャンマー人材のパフォーマンスを引き出すカギ

稲垣:今、日本企業はミャンマー人を採用するチャンスですね。

有馬:そうですね。先ほど申し上げたように、こういった情勢になって、「人材がより集まるようになった」、「以前と違う質の人材が応募してくるようになった」という背景があることももちろんアピールポイントですが、それよりも根本的なところで、やはり日本ではまだミャンマーの人に関われる機会が少ないと思います。しかし、ミャンマー人は意外と日本人と感覚が近い部分があるのではないかと感じています。東南アジアは親日国が多いですが、それに加えて宗教的な部分でいうと、ミャンマーと日本は同じ仏教国なので、「宗教的な感覚が似ている」という点ももちろんあって。ミャンマー人が信仰するのは、日本人が信仰するものよりもさらに熱心な仏教で、教徒も教えをすごく大事にしています。ニュースではミャンマーで起きた事件を見かけることもあるかと思いますが、実際には東南アジアの中でも、外国人が夜に出歩くのに非常に安全だと考えてもらえるような国だったんです。仏教の考えがベースにあるため、ミャンマー人自体が犯罪に手を染めたがらないこともあり、日本人に近いという点がいいところです。日本の企業が人材を受け入れる国として、お勧めできるところだと思います。また、日本語教育の観点でいうと、日本語とミャンマー語は文法構造が非常に似ている、さらに言えば基本的に同じなんですよね。そのため、実はミャンマーの人にとって日本語は非常に覚えやすい語学なんです。技能実習生は日本に入国してから1ヵ月間、研修センターで勉強するのですが、いろいろな国の人が集まって勉強する中で、ミャンマーの人は日本語を覚えやすいというデータが出ています。そうしたこともあり、日本の企業からも、「ミャンマーの人ってこんなに日本語ができるんだ」と驚かれることがよくあります。本人たちが勉強熱心だという理由もあるとは思いますが、日本語が覚えやすい語学であるという部分も、ミャンマーの人にとってアピールできる点のひとつです。

稲垣:私は「働く文化」に関して研修をしていますが、ミャンマーの文化的特徴にはどんなことがありますか?

有馬:ミャンマーの人って、「厳しい仕事や大変な仕事に耐えられる」と言われているのですが、一方で「愛がない環境には耐えられない」ということもよく言われています。しかし、日本では職場にそういうことをあまり求めないじゃないですか。日本人は「仕事は仕事、プライベートはプライベート」という雰囲気があると思うのですが、ミャンマーでは、会社組織がすごくファミリー的な感覚になっています。部下が上司に対して「アコー(お兄さん・お姉さん)」という呼び方をしたりするんですよ。

稲垣:会社の上司に「お兄さん」という感じで呼ぶんですね。

有馬:そうなんです。本当にミャンマーの人はファミリー的な感覚で仕事をする。日本に来た時も、「君たちは仕事をしに来たんだ」という扱いをされるよりも、「ウェルカム、ようこそうちの会社へ!」という雰囲気で、会社の先輩が仕事後に気軽に食事に誘ってくれるような、親密なコミュニケーションがとれる環境だと本領を発揮できるのだと思います。「この会社の仲間のために頑張りたい」と思ってもらえることが、ミャンマー人のマネジメントの正攻法と言えるでしょう。

稲垣:高度経済成長期の日本の“温かさ”のようですね。

有馬:まさにそうだと思います。私の父の世代、70歳くらいの世代の人は、「昔の日本に非常に似ている」と言うんです。家族や親戚、ご近所さんの関係が非常に近く、兄弟も多い時代ですよね。ミャンマー語の挨拶で「ミンガラーバー」という言葉があるのですが、これは直訳すると「こんにちは」といった意味です。しかし、実はミャンマー人同士は、この「こんにちは」のような挨拶を普段使いません。ミャンマー人同士の挨拶は「タミンサーピービーラー」という、「ご飯食べましたか?」という言葉になっているんです。ご近所さんにはわざわざ「こんにちは」なんて言わずに、会ったら「ご飯食べた?」って聞くような感じの近い関係。それが挨拶に表れているのではないかと思いますね。

稲垣:そもそも「相手を気遣う」というのがベースになっているんですね。

有馬:本当にそうなんです。例えばミャンマーの人がご飯を食べているところに私が入っていくと、「ご飯食べる?」と聞かれるんですよね。「食べる?」と聞かれたら、日本人からするとちょっと遠慮してしまうと思うのですが、ミャンマーの人からすると、それも挨拶のうち。自分が食べている時に「ご飯食べますか」と言ってあげるのも挨拶なんだそうです。

対談を終えて

私は、ニュースや知人からの話を通じてしかミャンマーに触れ合うことがなかったが、今ミャンマー国内で起こっている事件が、多くの人を苦しめている現実に心を痛めるとともに、何かできることはないかと考えていた。

ミャンマーを訪れたことのない私は、この国がどんな国民性なのかを掴めていなかったが、今回ミャンマーを知り尽くす有馬さんにお話を伺い、この国の持つ“人のよさ”や“暖かさ”を感じて心が温まった。日本の文化にもとても合う国民性である。今、私にできることのひとつは、このような媒体を通じてミャンマーの良さを伝えることである。不幸中の幸いだが、ミャンマーから国外に働きに出ることは、現政権でも引き続き進められているとのことだ。海外からの人材獲得を検討している企業は、今の段階で新しくミャンマーとのパイプを作ってみてはいかがだろうか。


取材協力:有馬明彦さん
Gakubun Co.,Ltd. 専務取締役
1986年熊本県生まれ、シンガポール、オーストラリア、ハワイ、日本での生活を経て、2014年にミャンマーへ。送り出し機関の認定ライセンスをもつ、Gakubun Co.,Ltd.で技能実習生、高度人材(エンジニア)、特定技能及び留学生の送出しを行う。

本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=2918

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