COLUMN

[HRプロ連載記事]第41話:ベトナムから学ぶ、日本企業が世界で「ローカライズ化」していくための“勝負どころ

8.連載記事

本連載では、アジア各国で活躍する人材ビジネスの企業の方々に、その国で成功する秘訣をお聞きしている。シリーズ第六弾となる今回の国は、ベトナム。皆さんは、日本で働く外国人労働者の中で最も多くの割合を占めているのがベトナム人であることをご存じだろうか。技能実習生をはじめ、多くのベトナム人が日本で働いており、実は国同士の結びつきが強い。今回は、ベトナムで人事コンサルティング事業を展開する株式会社ジェックの松山さんにお話をお聞きし、ベトナムならではのお国事情や、これから日系企業が世界でローカライズ化する上での大切なポイントを教えていただいた。

“日本語でのコミュニケーション”による問題

稲垣:まずは松山さんのご経歴を教えていただけますか?

松山:通信業界を経て老舗のコンサルティング会社に入り、2006年にジェックと出会って16年勤めております。ジェックは、2013年に上海に事務所を設立したのがグローバル事業の始まりですが、私はその翌年の2014年からグローバル事業を担当しています。その年にベトナムの事務所を立ち上げました。現在はベトナムに進出している日系企業の組織変革と、人事変革を行っております。

稲垣:ベトナムもインドネシアと同じく、2000社強の日系企業がありますから、自動車産業をはじめ、かなり日本の文化も浸透した国でしょうね。

松山:昔、ベトナムではバイクのことを「ホンダ」と言っていたり、日本人のことを「味の素」と言っていたりしました(笑)。実際に、私も何度か言われたことがあります。というのも、ベトナムの学校給食に、味の素さんが調味料や食品の無償提供をしていたようなんです。そのため、当時の親御さんや子供たちはみんな味の素で日本を知っており、親しみを感じてくれています。電通が実施した「ジャパンブランド調査2019」の「日本への好意度ランキング」でも、ベトナムは第三位で非常に高いですね(下図)。日々の生活やビジネスをする上でも非常にやりやすさを感じています。


出典:https://dentsu-ho.com/articles/6770

稲垣:日系企業をたくさんサポートされている中で感じる文化の違いもあると思いますが、日本人がベトナムに来て直面する課題としてはどんなことがありますか?

松山:まずは「現地の人とのコミュニケーション」でしょうね。ベトナム語はすごく難しいので、日本人はあまりベトナム語を覚えようとしないんです。覚えるとしても、挨拶程度ぐらいかなというところです。今、新規で進出する日系メーカーはかなり多く、工場などでは日本人が現地の人達に技術的な指導をするのですが、言語による障害があったり、細かいところが伝えられず品質にトラブルが発生したりと、コミュニケーションの問題による品質の不具合はよく聞きます。

稲垣:そうした問題に対して、英語や通訳など解決方法はさまざまかと思いますが、皆さんどうやって解決しているのでしょうか。

松山:いろんな会社を見ていますが、英語でコミュニケーションをしている企業のほうが少ないと思います。ベトナムはなぜか日本語ができる人がわりと多いんですよ。第二外国語で「日本語」が「英語」と同レベルの選択科目になっていて、国の政策として学校教育の中に組み込んでいるため、日本語に対しての抵抗感があまりありません。そういった事情もあり、わりと日本語でやり取りしていることが多いと思います。

稲垣:例えば、100人の従業員がいるベトナムの日系企業であれば、そのうち何人ぐらいの方が日本語をしゃべれるのでしょうか。

松山:恐らく、いわゆる「ワーカー」と呼ばれる方は日本語ができないと思います。日本語が話せるのは、事務職や管理職候補みたいな人ですから、100人いたら5人ほどでしょう。その中でもマネージャークラスに上がろうとしている人は、だいたい日本語を話せるという感じですかね。

稲垣:それはすごいですね。インドネシアは、実は日本語の学習数が世界2位(※)なんですよ。ベトナムと同じくすごく親日で、学校でも日本語を専攻する人が多いですが、ビジネスの場で日本語を話せる人は希少です。そのため、日系企業に勤めるマネージャークラスの人がだいたい日本語でコミュニケーションが取れるというのは本当にすごいと思います。
※国際交流基金の2018年度「海外日本語教育機関調査」の結果報告書による

松山:日系企業ですから、そもそも入社をする時点で、英語よりも今まで勉強してきた日本語を活用することを当たり前の感覚としている人が多いです。入社後も日本語の学習を推奨して手当を付けたりしている企業はありますね。

稲垣:その環境は、日本人としては仕事のストレスが軽減されていると思いますが、これは意外と落とし穴なのではないかと感じました。技術指導や日々の仕事の指示など、「細かいニュアンス」が通じずにトラブルになることがあるのではないでしょうか。

松山:そこはやっぱりあると思いますね。日本語が通じるのは良いことなのですが、日本人からすると、日々の会話が日本語なので、仕事の仕方も“日本化”していることは否めないです。稲垣さんがよくセミナーなどで話される「時間」や「ホウレンソウ」など、日本独自の仕事の仕方を知らず知らずのうちに強要してしまうということはよく聞きます。

稲垣:これは、会社内での言語が日本語でまかり通るベトナムならではの課題だと感じました。本来外国人である我々日本人が、“マイノリティな存在”である認識を持つということですね。

D社のローカライズ化戦略

稲垣:その他に、ベトナムの特徴はありますか?

松山:ベトナムでは、企業で働く人は圧倒的に女性が多いです。私も2014年に初めて行って驚いたのが、大通りの歩道にいろいろな屋台があるんですね。パラソルを立てて小さい椅子を置いている、いわゆる喫茶店という感じなのですが、そこにたくさんの男性が平日の昼間から座ってお茶を飲んでいる。その脇を通ってオフィスビルに入ると、女性ばかりなんですね。これはベトナム特有の一つの就労観だと思います。昔からの考えで、「男性は戦争に行く」、「女性は働く」という慣習の名残のようです。もちろん男性も全く働かないわけではなくて、男性でいわゆる“バイタリティ”がある人というのは、企業勤めよりも自分で起業する人が多い。反対に、女性は勤勉で真面目ですから企業勤めが多い。そのため、ベトナムに進出してきた日本人がマネジメントするのは、女性の方が割合が高くなります。

稲垣:なるほど、これは大きな特徴ですね。ローカライズ化も進んでいますか?

松山:最近は、日本人が幹部として現地法人を統括していたものの、それだけでは成長ができないということで、「現地のベトナム人を幹部に登用していきたい」というご相談が非常に増えてきました。当然、「現地で商売をするには、現地のことを最も分かっている現地の人だろう」という考え方のもと、いずれ日本人はいなくなります。3~4年ほど駐在すれば、日本に帰ってしまう。現地の日本人はそういう立ち位置なので、現地の人達が経営幹部になってもらうという戦略や方針が変わることはなく、「現地のマーケティングをしっかりやれるようにしていきたい」、「ローカライズしていきたい」という状況がほとんどですね。そのためにも、現地の人達を早急に幹部にしていく“幹部作り”を行なう企業はどんどん増えてきてますね。

稲垣:ベトナム人を幹部にしていく上で、解決しなければいけない課題や難しいこととしては、どういったことがありますか?

松山:ベトナム人が日系企業に入っても、当然管理職などは経験したことがないため、これまでは本当に日本人に言われたことを淡々とこなし、意思決定はすべて日本人だったわけです。ですから、そうした方々を対象にして、「経営幹部をどのように育成をしていくのか」ということになりますと、全くやったことないこと、本当に初めてのことをやっていく感覚ですから、「管理職とは何か?」というところから始めなくてはならない。あまりベトナム人のロールモデルがないわけです。

稲垣:日系企業でベトナム人が幹部になっているロールモデルがないということですか。

松山:そうです。ロールモデルがないから、イメージがつかないんでしょうね。当然、日本人のやり方は見ているのですが、日本人のマネージャーは男性ですから、性別の差もあります。あまりイメージがつかないのかもしれないですね。

稲垣:しかし一方で、社長をベトナム人に変えた会社もあるようですね。

松山:私が今まで関わってきた日系企業で、社長がベトナム人だったのは1社だけ、空調機器メーカーの「D社」ですね。トップはベトナム人女性のCさんです。

稲垣:そのコンサルをジェックさんでお手伝いされているんですね。

松山:2014年に我々がベトナムで事業展開した頃からのお客様です。D社さんとのお取り組みは、正確には2015年からですかね。当時、チャンさんは副社長だったんですよ。トップはまだ日本人でしたが、D社さんの考え方としても、「この成長著しいベトナムの市場で、やはり現地での経営を現地の人に任せたい」というのは、当然人事戦略の中にはあったらしいんですね。

稲垣:6年間社長を続けられて、業績や従業員数、日本人の数などはどうなのでしょうか。

松山:業績は、右肩上がりです。従業員は全体で2000名くらい、日本人は全部合わせて20名ほどだと思いますね。

稲垣:「社長がローカルで部下が日本人」という状態ですが、その中で日本人が気をつけるべきことは何でしょうか。

松山:D社の日本人社員の人はすごく優秀で、社長をしっかり立てるという部分はしっかりしていますよね。しかし、日本の考え方とベトナムの考え方には当然、相違がある。例えば日本のサービス部門では、「ベトナムでこういうことをやってほしい」というのがあるんですよ。しかし現地の社長はベトナム人ですし、その日本の施策を受けるか受けないかはチャン社長の判断ですね。しかしながら、日本人としても日本のサービス部門を背負って来ている部分もある。

稲垣:板挟みですね。

松山:そうですね。板挟みになるため、そこで現地の日本人としては両方の意向を汲み、どう統合していくかが重要な仕事になります。

稲垣:まさにその部分は、我々も研究している「Berryの2次言論」(下図)で、今までの環境・経験値にしがみついてしまうと「Separation」して組織が分離してしまう。とはいえ、相手側に合わせすぎると「Assimilation」して、組織に同化してしまう。重要なのは、お互いの文化を統合して新しい価値を生み出す「Integration」をすること。簡単なことではないですが、ここに日本文化を融合したローカライズや、新しい価値を生み出すイノベーションが生まれることになります。

対談を終えて

「ベトナムの日系企業では日本語でビジネスができる」というのには驚いた。確かにベトナム語は発音が難しいため、日常会話も難しいと聞くし、幹部が日本語を話せるのであれば日本語が主流になるだろう。しかしここで気を付けるべきは、「日本文化を常識とする」ことだ。私自身がインドネシア語で感じたことだが、いい意味でも悪い意味でも日本文化は特殊である。これから海外に進出する企業が「ローカライズ化」していくには、企業文化の融合が重要なカギとなる。日本本社と現地企業の言い分を聞き、「A or B」ではなく、「A+B」でもなく、「AとBからCを生み出す」ということ。これが現地赴任した日本人の「勝負どころ」であると感じた。

取材協力:松山 大輔氏
株式会社ジェック グローバル戦略推進部 部長
兼 ジェック上海 董事・総経理
兼 ジェックVN 代表取締役

日系コンサルティング会社を経て、2006年に株式会社ジェックに入社。~お役立ち精神を世界へ普及する人と組織づくりの支援~をモットーに、日本国内企業様にグローバルリーダー育成研修、人事戦略立案コンサルティング、経営幹部育成、営業力強化等に従事。海外においては、上海、ベトナム、タイにおける日系企業の人事コンサルティング、教育体系の構築、理念浸透コンサルティングを実施中。資格:中小企業診断士

本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=2887

Pocket