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[HRプロ連載記事]第10話:日本人が本来もっている精神が、グローバル化の鍵となる

8.連載記事

今回のコラムインタビューのお相手は、マイクロソフト シンガポールにてアジア太平洋地区本部長を務める岡田兵吾さん。「リーゼントマネージャー」という呼び名でご存じの方もいるだろう。アクセンチュア、デロイトコンサルティング、マイクロソフトというグローバル企業3社にて、シンガポール、アメリカ、日本の3カ国を拠点に23年間勤務。グローバルコンサルタントのパイオニアの1人で、書籍出版・講演などでもご活躍だ。私は海外で活動するようになってからお名前をよく耳にするようになり、一度お会いしたかった方だ。先日登壇したカンファレンスで偶然出会い、意気投合してそのまま飲みに行って語り合った。ばっちり決めたリーゼントとレイバンのサングラスに黒革ロングコートといういで立ちで、マシンガントークを繰り広げられる。インパクトは絶大! だ。正直なところ、最初は「近寄りがたい怖い人」という印象だったが、すぐに「近づきやすい優しい人」へと変わった。常に周りを気かけて笑顔を絶やさない、ホスピタリティの塊のような人で、人物の大きさを感じた。ご本人のもともとの性格が大きいと思うが、日本を離れ海外で活動した中で、人生観に影響を与えられる出来事にたくさん遭遇したようだ。インパクトの強い経験は人間を大きく育てる。

ローザ・パークスのスピーチで人生観が変わる

(稲垣) 海外の第一線でご活躍ですが、外国との最初の接点は何ですか?

(岡田) 高校は仏教中心の清風高校で、大学は同志社工学部。海外と全く接点のない学生でしたが、昔からアメリカ・ヨーロッパをはじめとした海外の映画や音楽が大好きで、あこがれを持っていました。大学でESS(英語研究会:English Speaking Society)の門をたたき、バックパッカーとして中国・アメリカに行き、一気に世界が広がりました。小田実、落合信彦、立花隆などの本も濫読しました。国際ジャーナリストになって、ペンの力で世界にソーシャルチェンジをもたらすような人間になりたかったんです。

大学4年生で、交換留学でアメリカのオハイオ州クリーブランドに行ったとき、ローザ・パークスという「公民権運動の母」といわれている女性のスピーチを聞く機会がありました。彼女はもともと大学も出ていない、デパートやスーパーで働いていたごく一般の女性でしたが、バスの運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒み、人種分離法違反の容疑で逮捕されました。これをきっかけに、キング牧師やマルコムXなどが立ち上がり、アフリカ系アメリカ人による公民権運動の導火線となり、「公民権運動の母」と呼ばれた人です。キング牧師など、世界を変えた人物に影響を与えた人ですよ。彼女の言う「One person can change the world.」に衝撃を覚えました。大聴衆が固唾をのんで見守る中、彼女がスピーチを始めると、僕より体の大きい大の男が話を聞いて涙を流すんです。それを見た時に、「俺も絶対ローザ・パークスのようになろう」と思ったんです。世界を変えたい、世の中に、何か貢献してやるぞ! という気持ちが強くなって。そこからソーシャルチェンジということが僕の信念になりました。ちなみに、この集会に参加した日本人は珍しくて、CNNから取材された映像が全米に流れて、私は一躍時の人となりました。

挫折から学んだ「非ネイティブエリート」の英語術

(稲垣) まだ大学生の頃ですよね。すごい経験です。ジャーナリストになれたのですか?

(岡田) その後、日本に帰国して就職活動をしたんですが、メディア企業には受かりませんでした。内定をいただいたのは総合商社と都市銀銀行、そしてアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)。ちなみに就活の時から今のリーゼントスタイルにしていました (笑)。当時、アンダーセンコンサルティングは小さい会社でしたが、外資だしグローバルに活動できると考え選択しました。7年間勤め、若いうちから多くの外国人をマネジメントさせてもらった経験は大きかったのですが、そうはいっても日本国内の外資。本場の海外で勝負したかったので、思い切ってマイクロソフト シンガポールに転職しました。ところが、シンガポールに行くと、英語が全然通じない。議論についていけず、会議でも一言も発言できずで、上司からは「発言しないやつは会議に出るな。You are Fire!」とまで言われる始末で、大変惨めな思いをしました。

転職後のデロイトコンサルティングでも、同僚の韓国人、タイ人、ドイツ人たちがどんどん仕事で契約をとってくるんですが、自分はお客さんの信頼を得られず、1年2カ月売上ゼロ。自律神経失調症になりました。アクセンチュア時代は、周りが外国人とはいえ、結局は日本で仕事をしているので、お客様扱いなんです。僕の下手な英語にも付き合ってくれるし、話す時も少しゆっくり話してくれる。マイクロソフト シンガポールでは60カ国以上の人が一緒に働き、自分の責務をまっとうする。マネージャーはいろんな人を巻き込みながらリーダーシップをとっていかないといけない。誰もお客様扱いなどしてくれない。言葉も、アメリカ英語だけでなく、中国英語もあり、インド英語もあり、オージー英語もあってそれぞれ癖があるから、ちゃんと聞き取れない。その中でも、英語でコミュニケーションをとって信頼関係を作って成果を出していかないといけないんです。

(稲垣) 兵吾さんのご著書『非ネイティブエリート最強英語フレーズ550』を読ませてもらいましたよ。すごく面白かったです。英語でも「気遣のある言い回し」って確かに必要だなと思いました。ちょっと内容を紹介していただけますか?

(岡田) ありがとうございます。そうですね、例えば、相手の言っていることを聞き逃したときはなんと言うか。

A: Once more, please.
B: Sorry?

この場合、ビジネスで英語を使っているときならばAの印象は良くありません。Bのほうが好印象を与えます。Aは「Please」を使っていて丁寧なように思えますが、相手には命令しているように聞こえてしまうんです。海外で仕事をするうえで大切なことは、ただ英語を話すことではなく、「信頼関係を作る英語」を話すことです。

日本人が本来もっている「気遣いの心」

(稲垣) 兵吾さんのいで立ちについてもお聞きしておきたいのですが、リーゼントスタイルは就職活動の時から貫いているんですね。どんなポリシーがあるのでしょうか。

(岡田) 最初、就活を始めた時は長髪で、なかなか採用されなかったので友達に相談したら「髪型が悪い」と。でも、もともと反骨精神の強いジャーナリストになりたかったから、普通の髪型にはしたくなかった。そしてリーゼントに変えたんですよ。

(稲垣) 銀行の採用試験もリーゼント姿で受けたんですか?

(岡田) もちろん。それでも都銀から内定をもらいましたよ。おそらく入社したら「髪を切れ!」と言われたでしょうね。

(岡田) 最初の見た目のインパクトが強烈で、正直「ちょっと近寄りがたいし怖い」というイメージでしたが、実際にお目にかかったら、とても腰が低くて優しい。第一印象で損をされることはないんですか?

(岡田) 個々人の中ではいろいろと思われているのかもしれませんが、外国の人はあまり姿形で批判はしません。「ジャパニーズ・エルヴィス」なんて呼ばれて面白がられていましたよ。髪の毛やサングラスは自分の好きなスタイルを貫いて1つ2つは普通と違う個性を出しますが、必ず白シャツを着るとか、時間には遅れないとか、その他のことは自分を厳しく律するようにしています。それが僕のポリシーです。

(稲垣) そのギャップがまた兵吾さんの魅力ですね。もとからそんなに相手を気遣ったり自分に厳しくしたりしていたんですか?

(岡田) もともとこういう性格ではあったと思いますが、海外に出てより強くなったかもしれません。海外で感銘を受けたのは「みな平等」だということ。逆に日本の社会は縦社会で居心地悪く感じました。年齢や役職が上か下か、で動くじゃないですか。外国の人はみんな「横社会」というか、「平等」なんです。インターンもウェイトレスもみんな一緒。日本で社会人になった当初、エスカレーターに乗ると、「“お偉いさん”に背中を見せるな」と怒られました。エレベーターも女性や若い人がボタンを押して待つじゃないですか、僕はそれが嫌なんです。海外だと偉い人こそボタンを押さえますよ。基本的にはレディーファーストだし、「noblesse oblige(ノブレス・オブリージュ/高貴な身分に伴う義務)」の精神が活きています。その精神が浸透していると、すごくオープンだし、腰も低くなります。もちろん怒る時は怒りますが、周りを平等に扱って成果にこだわる。

僕は、仕事をするうえで大切なのは、「より優れた成果」を出すことだと思っています。私が分からなければ部下にお願いする。私に経験が足りなければ恥じることなく人に聞く。「より良いものを作るために努力する」というシンプルな考え方です。そんな環境で仕事をすることで、どんどん今の性格になっていった、ということだと思います。

(稲垣) 僕も海外に5年半いて、最初は日本が世界の中心のような感覚でいましたが、それでうまくいかずに挫折し、日本のネガティブな印象をたくさん聞いて自信を失ったのが1年目。その後いろいろな経験をして、今は日本の改善すべきことと、日本ならではのすばらしさを再認識した感があります。

(岡田) 私も同じです。海外に「ノブレス・オブリージュ」の精神があるように、日本には「武士道」があります。「禅(ZEN)」もそうですが、西洋でもてはやされていることは、本当は日本発信であることが多い。日本人の禅の文化や侍の武士道に、実は外国人は期待しています。

とくに、3.11東日本大震災時には「New York Times」とシンガポールの最大の新聞の「The Straits Times」が、日本人について「サイレント・マジェスティ(静かなる尊厳)」と書いていました。要は何かというと、あの極限状態であっても人が列を崩さずに待っていたり暴徒が起こらなかったり、相手を思いやって苦しい時に感情を表に出さない。これは、武士道の「克己」 という考えです。これがあるから日本人は尊敬されているんです。武士道の「克己」とは、他人を心配させぬよう悲しみをこらえ、あえて微笑みを見せる、そんな日本人の美徳です。『武士道』は新渡戸稲造が『The Soul of Japan』として外国人に日本人の精神・道徳観を伝えるために発売し世界でベストセラーになり、今も広く外国人に知られています。欧州の騎士道の「ノブレス・オブリージュ」と同じく、海外では武士道こそ日本人の精神であり、日本人は人間としての民意が高く、克己に代表される抑制心や、優しさ、他人を思う気持ちがあると外国人は感じています。そう思われているのもかかわらず、今の日本人は気遣いもなくなってヒエラルキーをつくりたがる。一番重要なのは、相手を気遣うこと。 日本人が本来もっている精神が、きっとグローバル化の鍵になると思います。

インタビューを終えて

インタビューは2時間半にも及んだ。しかし時間を忘れあっという間だった。それだけ兵吾さんの作り出す空気感が居心地よかったのだろう。それも彼の「気遣い」がなせる業であり、自分がそんな人間性を身につけるにはだいぶん時間がかかるようにも思うが、本来日本人はその力を持っているんだと教えてもらった。新渡戸稲造の『武士道』を、改めて読み直そうと思う。

取材協力:岡田兵吾(おかだひょうご)さん
マイクロソフト シンガポール アジア太平洋地区ライセンスコンプライアンス本部長。同志社大学工学部卒業後、アクセンチュア、デロイトコンサルティング、マイクロソフトのグローバル企業3社にて、シンガポール、アメリカ、日本の3カ国を拠点に23年間勤務。世界トップレベルの IEビジネススクール・エグゼクティブMBA取得。米国PMP(プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナル)認定資格保持。
著書に『ビジネス現場で即効で使える 非ネイティブエリート最強英語フレーズ550』、『すべての仕事を3分で終わらせる 外資系リーゼントマネジャーの仕事圧縮術』(すべてダイヤモンド社)がある。近著は、Amazonカテゴリー「ビジネス英語一般」部門で「1位」を獲得し、4カ月以上ベストセラー継続中。


本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
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