COLUMN

[HRプロ連載記事]第4回:スーパーエリートの“泥臭い履歴書”から見るグローバル化への道筋

8.連載記事

ある方からのご紹介で、「石坂聡さん」とお会いした。石坂さんは人事業界では名の通った方で、その輝かしいキャリアもさることながら、学位も素晴らしい。米国テンプル大学政治学科卒業、ヘルシンキ経済大学(現アールト大学)エグゼクティブMBA取得。さらには国連英検特A級 全国一位 最優秀賞 外務大臣賞まで受賞されている、まさに日本のグローバルHRのトップランナーと言える人物である(詳細プロフィールはページ下部記載)。お会いする前は、「絵に描いたようなビジネスエリート」といったイメージだったが、実際にお話をうかがうと、まるでフィクション映画のような艱難辛苦のエピソードが満載で大変驚いた。このコラムでは、石坂さんの“キラキラの履歴書”には書かれていない「人間・石坂聡」をご紹介しながら、日本人のグローバリゼーション化のヒントを探ってみたい(右が石坂さん)。

アイデンティティクライシスと直面する

(稲垣) 稀有で素晴らしい経歴でいらっしゃいますが、ずっとエリート街道を進まれてきたのですか?

(石坂) いえ、まったくそんなことありません(笑)。若い頃は、真っ暗な長いトンネルの中を歩いていた気がします。学生時代はいつもスキンヘッドで、学ランを着て、刀を振って軍艦旗とかを掲げていた部類です(笑)。日本の素晴らしさを見せてやりたいという気持ちでアメリカに行ったのですが、言葉は片言だし、向こうでも学ランを着ている一風変わった日本人だったので、日本人の仲間からも敬遠され、特に韓国人や中国人とよく揉めていましたね。次第にみんなから相手にされなくなってきて、自分というものが分からなくなり、アイデンティティクライシスを起こしました。

でもそんな時、あるアメリカ人に言われました。「お前はいつも『俺の国は』とか、『JAPAN』とか、『第二次世界大戦で俺たちはドイツよりよく戦った』とか言っているけど、俺は別にお前の国なんか興味ない。もっとお前自身のことを話せよ」と。自分の人生を生きている彼と、大きな何かにすがって生きてきた私自身との差を指摘されたようで、とても大きなショックを受けました。

その後も、あるアメリカのお坊さんから「あなたは日本人日本人というけれど、日本のことを何も知らない」とも言われました。この時はさすがにカチンときて食ってかかったら、“小手返し”という技で道路に叩きつけられました。彼は武道の達人でもあったのです。そして、私にこう言いました。

「あなたは『強さ』の意味を履き違えています。それは銀行口座にいくら金があるとか、地位がどれだけ高いかとか、そんなことではありません。自分よりリッチな人はいくらでもいるし、どんなに偉くなっても必ず上には上がいます。だから、他人と比べて偉いだとか、強いだとか言っている限り、絶対に『真の強さ』は見つかりません。大事なのは、昨日の自分と比べてどうか。自分の胸に手を当てて、自分は昨日より立派になっている、自分の望む像が近づいてきていると思えた時に、初めて充実感とか幸福感とか、人に貢献しようという思いが出てくるんですよ。それが『強さ』です」と。

(稲垣) すごいお坊さんですね。映画『ベスト・キッド』のミヤギ老人みたいですね。

(石坂) まさにそうです。そして、「大和魂」という言葉の意味もしっかりと教えてもらいました。「大和とはどんな字を書く?」と聞かれたので、「大きな、調和の和と書きます」と言ったら、「でしょう?あなたの言っている突撃とか腹切りとか、万歳とかは大和魂じゃないですよね?大きな調和を意味する大和というのは、真のダイバーシティを言っているのではないですか。飛鳥時代や奈良時代に、インドや中国の仏教文化や、渡来人が色々なものを日本に伝えてきてくれたから、今の日本ができたわけでしょう。言わば日本は、真のダイバーシティを体現してきた国なんです」と。

(稲垣) 本当にすごいお坊さん! 日本人でもそんな立派な説明はできません(笑)。

相手を「人間として見る」ことの大切さ

(稲垣) そういったことを経て、プライスウォーターハウスクーパースから石坂さんの輝かしいキャリアがスタートしますが、最初はどんな仕事だったんですか?

(石坂) たまたま、人の縁で会社を紹介され、一番下のポジションで採用されました。日本人と外国人のコンセンサスをとるのに、使い勝手がよさそうだと思われたようです。外資系企業は、日本人と外国人でいろいろとせめぎ合いがあるんです。例えば、日本人が社内外で無理難題を言われ、サンドイッチ状態になって困っているとか。

「このやり方は日本では通用しない」と外国人の上司に言っても、「そんなことはない。クライアントにちゃんと説明しなさい」と言いくるめられてしまう。しかしそのやり方を通そうとしたら、今度はクライアントから「日本ではこれは無理ですよ」と、反発されたりします。日本人は強面の外国人に怒鳴られたりすると、委縮して何も言えなくなってしまいますが、私はさんざん海外で惨めな思いをしながら、相手の国に偏見を持たずに「人間として会話すること」が自然と身についていたので、外国人のお偉いさんでも普通に話ができました。

すると日本人から、「この話は言い辛いので石坂に伝えてもらおう」と言われることが多くなって(笑)。最初は伝書鳩のようなものだったんですが、ちゃんとお互いの言い分を聞いて、ギブアンドテイクで落としどころ作っていけば、コンセンサスをとれるんだな、ということが分かりました。そういった日本人が嫌がるような仕事がどんどん集まってきて、徐々に日本人からも外国人からも信頼を得られるようになったんです。

(稲垣) 確かに、日本人は外国人とのコミュニケーションに、必要以上に構えてしまうかも知れません。

(石坂) 「相手も同じ人間だ」というマインドセットが大事だと思います。言葉なんて、簡単な英語を使えばいいし、通訳を通してもいい。しかし残念ながら日本人には、“外国人は面倒くさい人種”といったマインドがあるんです。飲み会とかでも、外国人がいると早く帰って欲しくて、帰ったら「じゃあ飲もうか!」なんて言っている。これでは絶対に国際的な環境でビジネスなんてできませんよね。そういうマインドは世界では通用しないんだと認識したうえで、日本と世界を分ける“心の境界線”を消し去ることが大切だと思います。

異文化コミュニケーションのコツは、エネルギーを相手に伝えること

(稲垣) マインドセットができたとして、どういう風にコミュニケーションをとれば相手に伝わるのでしょうか。

(石坂) 大事なのは、“エネルギー”です。人というのは、相手が英語でどの単語を使って、どんな文法で話しているのかを聞いているわけじゃないんですよ。その人のエネルギーを感じているんです。ポジティブなのかネガティブなのか、ハッピーなのか怒っているのか、自分のエネルギーを相手に伝える。そのためには、自分が相手に伝えたい意見を持つことが大切。日本の場合はどうしても役職とかヒエラルキーがあるから、若い人は「私ごときが」とか言う。上司は上から目線で、「部長の私」の発言をする。

そうではなく、一人の個人として何をどんなエネルギーで伝えたいかが大切なんです。片言の英語だとしても、ここだけは分かってもらいたいっ! という部分だけを練習して、そこを英語でピシッと言いさえすれば、すごく印象はいいですよね。通訳を使った日本語の会話でもいいから、とにかく、大事な部分は相手の目を見てエネルギーを伝える。そうすると伝わりますよ。こういったことが普通にできるようになれば、英語ができようができまいが、海外経験があろうがなかろうが、グローバリゼーションしていくと思うんですよね。

(稲垣) 日本は、日本人は変われますか?

(石坂) それは『スターウォーズ』のマスター・ヨーダがいう“Do. or do not. There is no try(「やる」か「やらない」かだ。「試す」などない)”ですよ。そして私は、日本人は変革ができる人種だと思います。江戸から明治の変わり様をみてください。ガラッとみんな変わりましたよね。山高帽をかぶったり、急に西洋人ぶったりして。あれほど西洋文明を嫌って尊王攘夷とか言ってたのに、文明開化で一斉に自己変革したのですから。

(稲垣) 『Third Way Forum』というコミュニティを発足されたとお聞きしています。

(石坂) はい。Indigo Blueの柴田会長にスポンサーとなっていただき、昨年9月に立ち上げました。これまでに130名を超える日本で働く外国人が参加し、「Career development」、「Inclusion」、「Communication」というテーマで議論を重ねています。これを立ち上げた理由はシンプルで、「日本企業を本当の意味でのグローバル企業にしたいから」です。

日本企業で働く外国人の方は、これからますます増えていきます。日本企業はもはや、日本人の日本人による日本人のための企業ではやっていけないのです。すでに日本にいる外国人たちは、日本語だとか日本の文化の壁と毎日せめぎ合いながらも、日本企業をどうにか成功させようと活躍してくれている人たち。こういった人たちの言葉をどんどん吸い上げて、そこに日本人リーダーの視点も加える。そして、業界・企業問わず、従来の日本企業文化でもなく、海外迎合の企業文化でもなく、“第3の道”となれるような新たな企業文化を提案していきたいと思っています。

毎回ディスカッションを聞くたびに、新たな日本の企業文化の必要性を痛烈に感じるので、日本の将来のためにも、この『Third Way Forum』を拡大していきたいです。そして再度強調させてもらいますが、私は、日本は変われると信じています。

インタビューを終えて

このインタビューを機に石坂さんとの交流が始まり、先日、『Third Way Forum』にも参加させていただいた。ほとんどが外国籍人材で日本人は私含め数人。こういう“アウェイ”の場だからこそ貴重な意見をたくさん聞くことができた。私は「Inclusion」のセッションに参加したのだが、日本企業に所属する外国籍人材が抱える課題や不満は、積もり積もっている。

同じセッションに参加された石坂さんは、「異文化交流が下手でどうしようもない日本人も確かにいるが(笑)、それは少数です。多くの人は、もっとうまくやりたいが、ただやり方を知らないだけ。日本流・アメリカ流・中国流・どこどこ流……その中のどれが正しいというのではなく、日本がグローバルに通用する新しいThird Wayを作っていこう」と話されていた。

仰る通りだ。今までのやり方ではなく、日本の強みを生かしたグローバルマネジメントがあるはず。何を変え、何を変えないのか。いまこそ、日本企業が進化する時だ。

取材協力
石坂 聡(いしざか さとし)さん
Asian Caesars CEO

米国テンプル大学政治学科卒業。プライスウォーターハウスクーパースを経てノキア人事部、スタンダードチャータード銀行人事部長、メリルリンチ証券人事部長の要職を歴任。2013年、コカ・コーライーストジャパンの常務執行役員人事本部長に就任。5つのコカ・コーラボトラーズの人事統合・改革の指揮をとり、子会社を含む約30社の人事制度統合、企業文化改革などの巨大ミッションを実現。電撃人事エグゼクティブとして名を馳せた。2017年にAsian Caesars(アジアン シーザーズ)を立ち上げ、現在リーダーシップ研修、人事顧問サービス、エグゼクティブコーチング、講演・講義など幅広く活躍中。


本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=1775

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