COLUMN
この話は、現実に起こった事件です。「おねがい。男のひとにつれさられてるの。たすけて」。今回の対談相手である清水さんにある一通のメールが届きました。それは女友達からのメールでした。誘拐だ! すぐさま警察に連絡し、警察官に彼女のことを話していると、突然「誘拐犯」が彼女の携帯を通じて清水さんにコンタクトを取ってきました。「某所の○○の電話ボックスに××円を一人で持ってこい。彼女を返す」。“あ、彼女の携帯が誘拐犯にみつかってしまったのか……”。このとき清水さんは最悪の事態を想定していました。清水さんは身代金を持って指定の場所へ向かいます。周囲には覆面警察官が張りこんでいます。しかし、約束の時間になっても「犯人」は現れません。焦る清水さん。緊張が続く数十名の私服警察官。その後何度も身代金の受け渡し場所が変更され、身も心も翻弄される中、ついに捜索中の捜査員が「犯人」を確保しました。驚愕の事実が判明します。誘拐犯は彼女自身だったのです。
INDEX
稲垣:本日の対談のお相手は、株式会社空気を読むを科学する研究所、代表取締役の清水建二さんです。清水さんは、FBI・CIAでも使われる「人の感情を読み解く理論・技術」の専門家で、表情・微表情分析を得意とされています。冒頭のお話、赤川次郎の推理小説のようですが、事実なんですね。
清水:はい。今から18~19年前くらいですね、私が20歳くらいの時でした。警察が携帯の電波を探して、場所を突き止めてくれました。その場所に行ったら男と彼女がいて。男はもちろん逮捕されて彼女は保護されました。男は取調室に連れて行かれて、事情徴収をされたのですが、何を聞いても、「何を言ってるんですか、誘拐ってなんですか」って言うんですよ。この期に及んで誘拐をとぼけるなんてありえないじゃないですか。普通じゃない。これはおかしい、本当にこの男は何も知らないんじゃないかってことで、彼女に事情を聞いたらぽつりぽつりと話し始めて。実はこれ全部彼女の自作自演なんだと。その男は、もしかしたら男の声が必要になることがあるかもしれないから一応連れてきただけで本当にその男性は何も知らないと。今日一日何も知らずに彼女に付き合っただけだったんです。さらに驚くべきことは、友人である私に彼女が伝えていた名前・年齢・仕事が全部嘘だったということです。全く架空の人物でした。
稲垣:小説の世界の話のようですが、そんなことがあるんですね……。そこから人間の気持ちや心に興味を持たれたんですか?
清水:はい。なぜ人間は嘘をつくんだろうとか、その嘘を見抜くにはどうしたらいいんだと。そんなことを20歳の頃に体験して、答えはどこかと思った時に私は学問だと思いました。科学的に解明すれば普遍的なスキルが手に入るんじゃないかと思って、科学に答えを求め始めたんです。
稲垣:その時に、表情を見抜いていればもっと早く事件が解決したり誤解が解けたりしたと思いますか。
清水:はい。今考えれば、彼女には嘘のサインが出ていたんですよ。専門家としてみれば。あの時彼女はこう言っていたな、確かにあれはおかしかったなと。今はそう思えますが、当時はもちろんわかりませんでしたね。
稲垣:東京大学大学院でコミュニケーション学を学ばれて、そこから表情の研究に入っていかれたんですか?
清水:大学院でコミュニケーションの研究をしていたんですが、なぜ人と人はやり取りがうまくいかないことがあるのだろうと思っていました。普遍的にコミュニケーションが成立する条件はなんだろうと思っている時に、たまたま普遍的な「7つの表情」に行き当たったんです。それがポール・エクマンの理論で、彼は1970年代に、7つの表情が万国共通だっていうことを発見しました。私はこれが万国共通ならば、全世界の人間とコミュニケーションができると思ったんです。更にポール・エクマンは、微表情を見抜くことができれば嘘を見抜くことができると言っていまして、実際警察やFBIなどでも検証をしています。彼はピクサーの映画のアニメーションも監修しています。表情・感情を扱っている映画、トイ・ストーリーとかそういうアニメーションの表情を作るという会社のコンサルもしているんです。そういう発見があって、じゃあ微表情を研究すれば嘘を見抜けるんだと思って、そこから始めました。
稲垣:日本で研究している人はいたのですか?
清水:日本で研究する人はほぼいませんでした。私の持っている専門資格で「FACS(Facial Action Coding System)」というものがあるのですが、これは表情を客観的に計測するツールです。私が取得した頃、日本人で持っている人は5~6人しかいなくて、教えてくれる先生もいませんでした。なので独学ですね。
稲垣:この特殊技術をいまお仕事ではどのように生かしているのですか?
清水:仕事は執筆や研修、そしてコンサル業ですね。
稲垣:例えばどのようなところへにコンサルをされるのですか?
清水:最近はAIで表情を分析するソリューションを作るためのお手伝いや、警察の犯罪捜査協力もしています。また、VIPや各国の首脳の表情分析なども某公安機関から依頼されることがあります。
稲垣:犯罪捜査協力って例えばどんな仕事になるんですか。
清水:ざっくりしか言えないのですが、例えば防犯カメラに写っているこの容疑者はどういう気持ちでこの行為をしたんだろうとか、犯罪に至るまでの心理を紐解くとか。また誰かを傷つけた傷害事件だったならば、この傷害は意図的にやっているものなのか、意図性がないものなのか、表情から読み取れる心理を解説します。
稲垣:各国の首脳の表情分析というのは、どんな依頼なのでしょうか。
清水:発言していることは本当なんだろうかとか、どれだけやる気があるのかを読み取ります。ただ、皆さんがイメージするような、簡単にスパッと割り切った言い方ではなく、5つの話題をしゃべっているけども3つが1番怪しいとか、相対的なものになります。いきなりこれが嘘かどうか、白黒はっきりできる世界ではないですね。例えば、ある国の外交官のような立場の人が北朝鮮のミサイル発射に対して国連の決議違反で断固反対だと強い言葉で非難するんですけど、一瞬だけ笑うんですよ。一瞬だけ幸福の微表情が出るんです、ニコッて。そうすると、これって言葉では断固反対だって言っているけども、これは断固反対ではないんじゃないかと考えられます。この人はもしかしたら北朝鮮寄りの立場の人間かもしれない、とかそういうことです。
稲垣:すごい世界があるんですね。改めて簡単に「微表情」についてご説明いただけますか。
清水:「微表情」とは抑制された感情が無意識のうちに現れては消え去る微細な顔の動きです。発見されたのは1960年代。表情から自殺願望があるかどうか調べたところから始まっています。
メアリーさんという方に自殺願望があって強制的に入院させられたんですね。入院した時に主治医の先生に、私はもう回復したから退院させてほしいと。主治医の先生が退院したら何をしたいですかって言ったら、メアリーさんは夫に料理を作ってあげたいわとか、子供を車で学校に送り迎えしてあげたいわって未来について明るく話すんですが、主治医は何かがおかしいと思ったんです、違和感があると。とりあえず今回は見送りです、退院できません、もうちょっと待ってくださいってことで終わったんですけど、この違和感はなんだろうってその先生は考えたんですね。実はメアリーさんがしゃべっているシーンを撮影していたので、ポール・エクマンらがその動画を分析するんです。何があるんだろう。メアリーさんの表情をずっと分析をしていてもニコニコ笑っているだけで何も違和感を抱かないんですね。たまたま、1コマ1コマ止めて分析したところ、一瞬だけ悲しい表情、苦悶の表情が現れるんです。それが当時0.2秒といわれていました。抑制された感情がこういうふうに瞬間的に漏れでるのかなというのがエクマンの着想ですね。
そこから微表情という存在があると言われ始めて、2000年代に実験で、自殺願望のある人や嘘をついている犯罪者の顔から、現実の世界にも微表情はあるということが分かったんです。その実験によると微表情は0.2秒じゃなくて0.5秒くらい出る。前からいわれている0.2秒よりはちょっと長い秒数だけど確かにあることがわかっています。
稲垣:例えば私は、今日清水さんの話を聞いて途中で多分、えーって何度も言っています(笑)。このえーっていう表情は、0.5秒じゃなくて1秒~2秒ぐらいですが、これは微表情と呼ばないということですか。
清水:そうですね。普通の表情のことを「マクロ表情」といい、これは0.5秒間~5秒間ほど続く表情です。微表情は「マイクロ表情」といって、0.5秒以下の現象です。抑制されて感情を隠すと感情が現れるのは0.5秒よりも短くなるということですね。それを微表情と呼びます。
稲垣:微表情を読み取ることは難易度が高いとわかりましたが、普通の表情であるマクロ表情を読み取ることも、意外と全員ができることではないような気がしています。特に、国境を越えたコミュニケーションの場合、時に難しくなるのではと感じています。
清水:いろんな民族の方に7つの表情の写真を見せると、正解率にばらつきはあるんですけど、大体当たります。ばらつきがある原因は民族的な原因だったりするのですが、例えば日本人ってアメリカ人に比べて恐怖の表情の読み取り率、認識率が低いんです。日本人は恐怖の表情と驚きの表情を読み違えているんです。驚きの表情と恐怖の表情はちょっと似ているんですね。アメリカ人は恐怖も驚きもちゃんと区別できるんですが、日本人はどうも「恐怖」を「驚き」と取り違える傾向にあるということが分かってるんですね。
稲垣:それはなぜですか。
清水:理由の1つは、単純に日本では恐怖という表情や感情をアメリカ人ほど感じないからじゃないかといわれています。日本は安全だから。面白いエピソードがあるのですが、「目の前の人が自分の後ろを見て恐怖の表情をしていた時、あなたはどう行動しますか」と聞くと、日本人は後ろを振り向く。何があったんだろうと。これは普段恐怖を感じる環境に慣れていないので後ろを確認する余裕があるんですね。しかしアメリカとか犯罪が多いようなところに住んでいる人は、恐怖の表情を見た時に一目散に走って逃げる。もし自分の後ろでナイフを振りかざしている人がいたら、後ろを見た瞬間に手遅れですよね。それに加えて、男性より女性のほうが悲しみの表情の正解率が高かったりもします。
稲垣:女性の方が悲しみを読み取る力が強いということですか。
清水:そうです。いわゆる共感力です。このように、多少、性別や年齢、民族とかでばらつきはありますが、基本的には万国で7つの表情は大体共通しています。稲垣さんは、昔私が出した問題に全問正解しましたね。
稲垣:僕は2014年にインドネシアに移住した時は、インドネシア語はおろか英語もしゃべれない状態でした。言葉で入ってくる情報が少なかったので人とコミュニケーションをとるときは、表情をみる癖がついていて、その能力が鍛えられたんだと思います。清水さんにお会いしたのは2015年に日本に一時帰国した時で、その時に微表情のテストをして頂いたんですよね。あの時は言葉の通じない海外で苦労ばかりでしたが、言葉じゃなくて表情で読み取る力は強い武器になるんだと、自分の語学力のなさを慰めることができました(笑)。
清水:相手を見る、ということはとても大切です。ビジネスシーンでは「考えている表情」が出やすいんですね。考えている表情とは、熟考です。表情としてはいろいろありますが、1番分かりやすいのは眉間にしわを寄せる顔ですね。んーって。この顔って会議や打ち合わせをしているとしょっちゅう現れるんですよ。結構長い時間、2秒、3秒、4秒、5秒と出ているんですね。これって、相手の表情を見ればすぐに、相手は自分の話をちゃんと理解してないなってことに気づけるんですよ。あるいは、今私がしゃべった話に対して、何か自分の頭の中にあるアイデアと結びつけようとしているなとか。とにかく私がその熟考表情を見た時にやるアクションとしては、同じペースでしゃべっちゃいけないのでゆっくり話したり、ブレイクを入れたり、質問は何かありますかと聞いてみたり、つまり、立ち止まることが必要なんですね。この熟考っていう表情は、見れば簡単に分かるんですが、立ち止まることができているケースは結構少ない。
稲垣:それはなぜ少ないんでしょう。
清水:単純に見てないからです。プレゼンをしているとみんな自分のプレゼン資料に目がいっているし、打ち合わせだけじゃなくて営業マンでもいいんですけど、営業マンも自分の商品を売る時に、商品のパンフレットを見ながら説明しているので相手のことは見えてない、見る余裕がない。
稲垣:なるほど。私もリーダーシップトレーニングで重要な要素に「認める」という技術があるんですが、意外と部下の良い部分を発見し認めることが苦手な人は多い。言葉遊びですがその第一歩は「見留める(みとめる)」と話しています。相手を観察する。どんなことに喜びを感じたり悔しさを感じたりしているのか。観察することが大事だと思います。相手の表情を見るコツは、なにかありますか?
清水:異文化コミュニケーションに関しては、重要な表情が2つあるということが研究から分かっています。1つが「怒り」で、もう1つは「嫌悪」ですね。嫌悪は鼻に表されます。臭いものを嗅いだ時に嫌だっていう感じ。海外の環境、いろんな民族がいる環境においてうまく適応できる人間と適応できない人間がいます。
いろいろ検討した結果、表情の観点からいうと1つ違いがありました。うまく溶け込める人っていうのは相手の怒りと嫌悪をちゃんと認識できる人。溶け込めない人は相手の怒りとか嫌悪を認識できない。できないというか認識する能力が低い。もちろん民族が違うということは環境も違うわけですし、文化も宗教も違うことがあるから、いろんな会話をしていく中で相手のタブーに触れてしまうことは当然ありますよね。相手が分かりやすく、それはうちの宗教では言っちゃ駄目だよって言ってくれたらいいですけど、言わない人もいますし、言わない文化もある。日本人は言わないかもしれないし、アジア人は特に言わないかもしれないですね。
その時に、嫌だな、変なことを言われたって嫌悪の顔をしたりとか、ムッとしたりとか、何失礼なこと言っているんだとか、っていうことをちゃんと読み取れれば、自分は今失礼なことを言ってしまった、相手を傷つけることを言ってしまったかもしれないと自分で気づけるんですね。後からでも、なんか変なこと言っちゃったかなとかね。もしくは自分で勉強して、そうかイスラム教ではこういうことを言っちゃいけないんだとか、そういうことが気づけるようになります。だから適応できる。
稲垣:なるほど、確かに全く文化の異なる人と接する際はタブーに触れないということが大事ですよね。
清水:はい。仮にタブーに触れてもそれを察してリカバリーできればよいと思います。
言葉や文化背景が異なるグローバル社会におけるコミュニケーション手段として、「表情を読む力」というのは非常に大事になっていくであろう。またそれだけでなく、リモートワークが増えた今現在、オンラインで会話をする中で、相手が何を考えているか、どう感じているかを知るために、表情から情報を得ることはとても重要であると感じた。そんなリモートワーク下の私の悩みがある。相手の話を真剣に聞いているつもりが、ついついしかめっ面になってしまうようで、初見の人には「怒っているのでは?」と思われることがあるようだ (笑)。清水さんにどのようにすればよいか聞くと、「少し眉を上げること」というアドバイスをいただいた。リモート会議などでは眉を上げるところから始まって眉を上げるところで終わればいいということだ。表情における礼に始まり礼に終わるのは眉がポイントだということだった。
取材協力:清水健二さん
1982年東京生まれ。株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役。防衛省講師。特定非営利活動法人日本交渉協会特別顧問。日本顔学会会員。
早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマの監修をしたりと、メディア出演の実績も多数。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』イースト・プレス、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』フォレスト出版、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社がある。
本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=2448