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「エンゲージメント(engagement)」とは、直訳すれば、「取り決め」「約束」「契約」「婚約」という意味を示す単語です。
近頃、人事労務用語として注目される「エンゲージメント」は、もう一歩踏み込んで、「従業員のモチベーション(動機・意欲・やる気)を高め、成果に繋げるための欠かせない要素」として重視されています。一般的な「エンゲージメント」と区別するため、「エンプロイー・エンゲージメント」「従業員エンゲージメント」「ワーク・エンゲージメント」などとも呼ばれます。
雇用する側と雇用される側の関係性で言えば、雇用主は「理念」「コンプライアンス(法令やモラルの遵守)」「待遇」「正当な評価」「福利厚生」などを保証するのに対して、従業員は「忠誠」「愛着」「堅実」「意欲」「切磋琢磨」「前向きな仕事への取り組み」などを示し続けること。いわば「Give and Take(ギブ・アンド・テイク)」の相互信頼関係を築き、共に成長するための組織づくりの肝と言えるでしょう。
概念的な意味合いの大きい「エンゲージメント」は、ネット上や出版物でも様々な解釈がされていますが、今後ますます国際化が進むビジネス社会で組織が生き残り、発展していくためには必要不可欠なキーワードですから、わかりやすく紐解いていきたいと思います。
「ワーク・エンゲージメント」は、オランダ・ユトレヒト大学のウィルマー・B・シャウフェリ(Wilmar B.Schaufeli)教授が「バーンアウト(燃え尽き症候群)」の研究の中で、その対義的意味合いを持つ概念として提唱したとされています。
※参考:「ワーク・エンゲイジメント尺度の紹介」(島津明人 東京大学大学院医学系研究科 精神保健学 2008) | シャウフェリ教授は、「ワーク・エンゲージメント」とは「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられるもの」と定義しています(Schaufeli and Bakker 2004)。 |
ワーカホリック(仕事中毒)による「バーンアウト」は日本でも問題視され、バブル経済時代には海外から貿易不均衡と共に日本人の働き過ぎが指摘されました。もともと日本人は働き者で、雇用組織への忠誠心もあり、高度経済期にはいわゆる「モーレツ社員」が、バブル期には24時間ビジネスフィールドで闘うことも辞さない「企業戦士」が存在しました。それが、今、なぜ「エンゲージメント」を必要としているのでしょう?
実は、ここ数年、日本の「エンゲージメント」の低さが、国際比較による調査結果として次々とレポートされ、波紋を呼んでいます。
少し前のデータになりますが、ニューヨークに本社を置くグローバルコンサルティングファームのタワーズワトソン(Towers Watson)による2012年の調査では、「会社に貢献したい」という意欲の高い日本人従業員の割合はわずか3%。さらにより具体的な質問「会社の成功のために、求められる以上の仕事をしたいと思うか」には、グローバルでは78%が「非常にそう思う」と答えたのに対して、日本での同様の答えは半数以下の49%でした。
※Adecco Group「VOL.32 特集:モチベーションの本質を探る」より | 雇用企業への信頼、誇り、愛着、仕事に対する熱意など、従業員の「エンゲージメント」を示す答えのパーセンテージを比較したのが左図です。グローバルに比べ、残念ながら、日本の従業員の貢献意欲は低いと言わざるを得ません。 |
やはり米国のコンサルティングファームである、マーサー(Mercer Ltd.)が行なった 「世界22カ国の社員エンゲージメントレベル調査」でも、日本のエンゲージメントレベルは-23%の最下位。
エーオンヒューイット(Aon Hewitt)の「2014年アジア太平洋地域のアジア太平洋地域の社員エンゲージメントの動向」でも、エンゲージメントが「非常に高い」社員は全体平均で22%を占めているのに対し、日本は7%。
米国最大の調査会社ギャラップ(GALLUP)による「Stats of the Global Workplace 2017」では、日本の「エンゲージメントある熱意あふれる社員」の割合はわずか6%で、139カ国中132位という結果でした。
かつては仕事熱心だったはずの日本人が、長引く景気低迷により、以前のような日本型終身雇用や右肩上がりの昇給・昇進が保証されなくなった今、すっかりやる気を失ってしまったかのようです。従来の日本の雇用は、俸禄を与えられ奉公するという武家の主従関係に似たものでした。しかし、人事労務の分野でもグローバル化が加速する現代、従来型の雇用を固持し、従業員のエンゲージメントを高める努力をしなければ、日本は世界から取り残され、人手不足の闇に飲み込まれる可能性もあります。
ここまでくると、自社の従業員の「エンゲージメント」はどうなのか、知りたいと思われる企業経営者や人事関係者もいらっしゃることでしょう。
米国のギャラップ社が、組織の「エンゲージメント」を測定する際に用いる「Q12(キュー・トゥエルブ)」という、12の質問があるのでご紹介いたします。
Q.1 職場で自分が何を期待されているのかを知っている。
Q.2 仕事をうまく行なうために必要な材料や道具を与えられている。
Q.3 職場で最も得意なことをする機会を毎日与えられている。
Q.4 この7日間のうちに、良い仕事をしたと認められたり、褒められたりした。
Q.5 上司または職場の誰かが、自分を一人の人間として気にかけてくれているようだ。
Q.6 職場の誰かが自分の成長を促してくれる。
Q.7 職場で自分の意見が尊重されているようだ。
Q.8 会社の使命や目的が、自分の仕事は重要だと感じさせてくれる。
Q.9 職場の同僚が真剣に質の高い仕事をしようとしている。
Q.10 職場に親友がいる。
Q.11 この6カ月のうちに、職場の誰かが自分の進歩について話してくれた。
Q.12 この1年のうちに、仕事について学び、成長する機会があった。
「完全に当てはまる」5点、「やや当てはまる」4点、「どちらともいえない」3点、「やや当てはまらない」2点」、「完全に当てはまらない」1点で計算します。この質問すべてに5点満点が付けられたら、その従業員の「エンゲージメント」は最高値にあり、毎日、「活力」と「熱意」を持って仕事に「没頭」しているはずです。
では、「エンゲージメント」が低い場合、どうしたら良いのでしょう。アメリカのコンサルタント会社エーオンヒューイットは、一つの目安として、以下のような「エンゲージメント」を高める要因「エンゲージメント・ドライバー」の例を挙げています。
対人関係 | 経営陣 |
上司 | |
同僚 | |
顧客 | |
人材の尊重 | |
総報酬 | 認知 |
給与 | |
福利厚生 | |
会社の諸慣行 | 諸制度 |
人事評価制度 | |
ダイバーシティ | |
会社の評判/ブランド | |
顧客重視 | |
仕事 | リソース |
業務プロセス | |
影響力 | |
達成感 | |
キャリア機会 | キャリア機会/実現 |
自己開発機会 | |
仕事/生活のバランス | ワークライフバランス |
職場環境 |
従業員自らがやる気を出して働くことを期待する前に、一度、従業員アンケート調査を行ない、組織の「エンゲージメント」を把握しておくことが必要です。その上で、組織内の関係者が綿密に打ち合わせし、「エンゲージメント・ドライバー」を見直し、改善するための施策を組み立てて実行プロセスを計画し、さらに把握、指標、見直しというサイクルを回していくことも重要になってきます。
「ワーク・エンゲージメント」自体、10年以上前に提唱されたもので、真新しい概念ではありません。それが近年、にわかに日本でも注目されるようになったのは、一つには、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が、2019年4月から順次施行となったことも大きいでしょう。日本は今、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働く人のニーズの多様化」といった状況に直面し、労働力不足を解消して生産性を上げるため、働く人の意欲や能力向上を図る環境づくりが求められています。
以前は、「従業員満足度(Employee Satisfaction=略してES)」が注目されたこともありました。待遇、評価、福利厚生などを充実させ、従業員の満足を高めようというものです。確かに、労働環境を健全な状態に整えることは根本的に重要で、従業員の定着率を高め、離職を防止するには有効です。しかし、それだけでは、仕事に対する意欲、向上心、目標を達成しようとする活力といった「モチベーション(motivation)」や、雇用企業への信頼に伴う忠誠心、業務に対する愛着心といった「ロイヤルティ(loyalty)」には繋がりません。そこで、重視されるようになったのが「エンゲージメント」です。
従業員の「エンゲージメント」を測定する指標として、前章でご紹介したギャラップ社の「Q12」を用いる企業もありますが、「eNPS®(Employee Net Promoter Score)」を指標とする企業もあります。アメリカの大手コンサルティング会社であるベイン・アンド・カンパニーのF・ライクヘルド氏が提唱した、顧客ロイヤルティ(CS)を可視化する指標NPS®(Net Promoter Score)をベースとし、アップル社が従業員ロイヤルティのマネジメントに活用したことから注目を集め、拡がりを見せました。
NPS®では、「あなたは〇〇(商品やブランド)をどの程度親しい友人や家族に勧めたいと思いますか?」という質問で顧客ロイヤルティを測りますが、eNPS®では以下のような質問を用います。
「あなたは現在の職場で働くことをどの程度親しい友人や家族に勧めたいと思いますか?」
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
0〜6点を付けた人は「批判者」、7もしくは8点を付けた人は「中立者」、9または10点を付けた人は「推奨者」とみなし、「推奨者」の割合(%)-「批判者」の割合(%)=eNPS®の数値となります。つまり、「推奨者」の割合が多いほど、eNPS®の数値は高くなるというわけです。
では、従業員の「エンゲージメント」が上がると、組織にとってはどんなメリットがあるのでしょう。組織、特に企業が営利を目的として組織されている以上、業績は重要です。
下のグラフは、ギャラップ社のレポート「State of Global Workplace Report」で紹介された、エンゲージメント指数が上位25%の企業と下位25%の企業を比較したものです。エンゲージメント指数上位25%の企業は、下位25%の企業に比べ、生産性、収益性、顧客評価といった業績に結びつく要素についてプラスの数値を示します。一方、欠勤や安全に対する事故に対してはマイナスの数値を示しており、すなわち、こういった問題を減少させる効果があるのがわかります。
※参考:「ワーク・エンゲイジメント尺度の紹介」(島津明人 東京大学大学院医学系研究科 精神保健学 2008) | エンゲージメント指数上位25%の企業は、下位25%の企業に比べ、生産性が21%、収益性が22%、顧客評価が10%高いという差異が明らかです。逆に、欠勤は-37%、安全に対する事故は-48%も低くなります。 |
このように、従業員の「エンゲージメント」が高まると、業績アップに繋がる可能性が高まり、業績低下の要因削減に繋がる可能性があります。欠勤は従業員各々に何らかの理由があるでしょうが、欠勤や遅刻が増えるのは離職へのサイン。「エンゲージメント」は、離職の防止にも効果を発揮すると言えるでしょう。
すでに「エンゲージメント」を高めることに成功している企業も、数多く存在します。
まずは、「エンゲージメント」の先進国アメリカの事例をご紹介しましょう。サンフランシスコに本部を置くGreat Place to Work®は、米国内1,000名以上の企業の従業員430万人以上のアンケート結果に基づき、毎年、Fortune誌に「働きがいの高い企業」を発表しています。2019年の上位10社には、以下の企業が選ばれました。
1 Hilton
2 Salesforce
3 Wegmans Food Markets, Inc. ※2019年8月認証失効
4 Workday
5 Kimpton Hotels & Restaurants
6 Cisco
7 Edward Jones
8 ULTIMATE SOFTWARE
9 Texas Health Resources
10 The Boston Consulting Group, Inc.
1位のヒルトン(Hilton)は、世界的に有名なホテル運営を中心としたホスピタリティ企業ですが、実に従業員の96%が「働くのに最適な職場」と答えています。さらに、「入社すると歓迎される」と感じる従業員は98%、「ここで働いていることを他の人に話すことに誇りを感じる」従業員は97%。ゲストとチームメンバーを重視し、起業家的なアプローチの奨励が功を奏していると、従業員は語っています。
2位は、CRMのグローバルリーダーであるセールスフォース(Salesforce)。特に、「我々がコミュニティに貢献するその方法に満足している」従業員は97%、「経営陣の事業慣行は誠実かつ倫理的」「必要な時に休みを取りやすい」はそれぞれ95%。関与するコミュニティ全体を改善しようと実行する企業姿勢に、従業員が誇りを感じています。
では、日本ではどうでしょう?同じくGreat Place to Work®の日本支部(GPTWジャパン)が、日本でも「働きがいのある会社」を発表しており、2019年の各部門の上位5社はそれぞれ以下の企業となっています。
<大規模部門(従業員1000人以上)>
1 セールス・フォース・ドットコム
2 Plan・Do・See
3 ディスコ
4 アメリカン・エキスプレス
5 プルデンシャル生命保険
<中規模部門(従業員100-999人)>
1 コンカ―
2 サイボウズ
3 バリューマネジメント
4 freee
5 武蔵コーポレーション
<小規模部門(従業員25-99人)>
1 アトラエ
2 and factory
3 GRIT
4 イグニション・ポイント・グループ
5 iYell
大規模部門1位のセールス・フォース・ドットコムは、従業員の行動規範の一つとして「Equality(平等)」を重視。性別、性的志向、障がい等を問わず、誰もが自分らしく活躍できる社会を目指し、従業員が知識や経験を共有する活動を社内外で実施。この活動が「エンゲージメント」向上にも寄与しました。
中規模部門1位のコンカ―は、「高め合う文化」を推進し、「フィードバックし合う」「教え合う」「感謝し合う」の3つを軸に活動。働きがいのある会社・女性ランキングでも1位を獲得しています。
小規模部門1位のアトラエは、全社員参加のもと、所属とは異なるメンバーを変えながらチームを編成し、様々なテーマでディスカッションを定期的に実施。通常の仕事では関わらないメンバーと関わることでコラボが実現したり、連帯感が生まれるなどしています。
上記の中規模部門2位に選ばれているIT企業のサイボウズですが、非常にユニークな人事管理制度が常に注目を集めています。ライフスタイルに合わせて勤務場所や勤務時間を選び、個々で働き方を変えられる「ウルトラワーク」、あなたが転職したらいくら?で給与を決める「市場価値評価制度」、副業や兼業OKの「複業採用」、社員に感動を与え続ける人事部「感動課」…etc. 社員の意見を取り入れながら、時代に対応しつつ柔軟に変化できる仕組みづくりが特徴です。創業8年目の2005年には離職率28%と会社離れが深刻化しましたが、こうした独自の取り組みにより、2019年現在の離職率は4%になっています。しかも、これと反比例するように、売上高は上昇しています。
1921年創立の老舗機械メーカーで、日本第1位、世界第2位のシェアを誇る小松製作所もまた、「エンゲージメント」強化に成功した企業として知られます。まず、信頼、モチベーション、変化、チームワーク、実行の5つの視点で、従業員の「エンゲージメント」を計測。そして、能力、スキル、リーダーシップといったテーマを決め、3つのチームを編成してプロジェクトを実行。それぞれのチームからフィードバックを集め、再び測定を行ったところ、「エンゲージメント」指数は33%から70%へと増加しました。
もちろん、コンサルティング会社に自社の「エンゲージメント」の採点や分析、さらに自社に合った施策策定を依頼し、第三者の立場で公正かつ理にかなった効率的サポートをしてもらうことも大切です。
その前にまず、経営や人事労務の立場から自社内を見回して、改善できるべき点はないか検討してみましょう。
身近なところで言えば、職場空間が働きやすく整っているかというのは、今日すぐにでもチェックできる項目の一つでしょう。オフィス環境と従業員エンゲージメント向上の関係性を、三菱地所リアルエステートサービスが同社の情報誌『オフィスジャーナル』で考察しているので、ご紹介しましょう。
※三菱地所リアルエステートサービス『オフィスジャーナル Vol.22(2017 autumn)』より | アメリカに本社を置く、世界最大のオフィス家具メーカー、スチールケース社が行なったアンケート調査を基に、項目をオフィス環境に当てはめ、「従業員エンゲージメント」を高めるための職場環境満足度の評価基準(表1)と、その要素(表2)を三菱地所リアルエステートサービスが作成されたものです。 |
また、みずほ総合研究所は、働き方改革の実現と推進のために何が必要かという視点で、調査とレポートを行っています。エンゲージメントを高める要因「エンゲージメント・サーベイ」の一つに、「自己開発機会」がありますが、同研究所の緊急レポートでは、これからはワーク・ライフ・バランスだけでなく、ワーク・ライフ+スタディ・バランスが重要としています。しかし、残念ながら、「エンゲージメント」同様、従業員の能力開発に対する企業支援も、日本は国際的に比較するとまだまだ低いと言わざるを得ません。
※みずほ総合研究所【緊急リポート】「働き方改革2.0 ~改革実現に向けて真に必要な取組は何か?~」(2019.03.13)より
左が従業員の能力開発に関する各社の取組事例、右が従業員の能力開発に対する企業支援の国際比較です。
経済産業省主催「経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会」では、「福利厚生」によって「エンゲージメント」強化を図っている企業の事例が、以下のようにレポートとして紹介されています。
※経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室/マーサー ジャパン株式会社「平成30年度 産業経済研究委託事業 (企業の戦略的人事機能の強化に関する調査)第2回」(2019年2月15日)より | レポートでは、「報酬による繋ぎ止めに限界がある中、自社独自の福利厚生を通じたエンゲージメント強化を図る取組が広がってきている」と述べられています。 |
このように、様々な従業員の「エンゲージメント」をアップする試みをスタートさせ、すでに成果を上げている企業もあります。ここにご紹介したのはほんの一部ではありますが、御社の「エンゲージメント」向上のための参考として、ぜひお役立て頂ければ幸いです。
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