COLUMN

[HRプロ連載記事]第6話:インドネシアでの急成長を支える強い企業文化

8.連載記事

文化とは何だろうか。辞書によると「社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式、ないしは生活様式の総体」とある。出身地などの文化的影響を受けていないという人は皆無だろう。日本には日本の、インドネシアにはインドネシアの文化があり、さらに、同じ日本でも東京の文化、大阪の文化がある。文化は地域で区切られるだけではなく、信仰・世代・趣向など、様々なコミュニティごとに文化が存在する。企業という組織もそうだ。稼働している会社の数だけ「企業文化」が存在する。

ゼロから強い企業文化を作る挑戦

皆さんの会社には、強い企業文化があるだろうか。これはただ単に理念・ビジョンや社内の決めごと等を設定しているかどうかではない。企業文化が強くしっかりしていると、メンバーが同じ方向を向き、コミュニケーションが円滑になる。また、メンバー間の価値観も近しくなり、意思決定が迅速化する。(反面、価値観が近しいため思考が停止する、という別のリスクが存在するが、ここではその話は割愛する。)

『ビジョナリーカンパニー』という名著では、3M、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ソニー、ウォルト・ディズニーなど、「最高のなかの最高」の優良企業18社を例に出し、その重要性を解説しているが、強い企業文化はこれらの会社しか持てないということではなく、どんな会社でも作る権利のある、組織マネジメントの重要なカギである。

世の中を一変させるイノベーションを生み出す企業は素晴らしいが、そのような奇跡的なプロダクトがなくとも、他社よりも優れた「何か」を大切にし、メンバーがその「何か」を持つ会社にいることに誇りを感じる力が、強い企業文化を作っていく。

強い企業文化を作るには「歴史」が必要だ。年月をかけて練り上げ、文化を組織の隅々まで行きわたらせる。だから、歴史ある企業文化は簡単には崩れない(逆も然り。悪い企業文化は隅々まで行きわたり簡単には改善できない)。

しかし、ウォルトディズニーも最初は存在しなかったわけで、どのビジョナリーカンパニーにも創業期がある。今日も明日も、様々なスタートアップがそのスタートを切ろうとしているのだ。今回は、私がインドネシアで出会った日系企業で「強い企業文化を作ろうとしている」と感じた1社をご紹介したい。共同代表の船瀬悠太さん率いる「PT Quipper Edukasi Indonesia」だ。

船瀬さんは京都大学を卒業し、マッキンゼーに入社。その後、ベンチャーのQuipperの門をたたき、インドネシア支部を立ち上げ、短期間で業界シェアNo.1に駆け上がった。ゼロから強い企業文化を作りあげようとしている船瀬さんの奮闘を紐解くことで、皆さんの日々の組織マネジメントの一助になればと思う。

3か月で20名から500名へ急拡大

(稲垣) まず、Quipperという会社について教えて頂けますか。

(船瀬)  Quipperは2010年に、株式会社DeNA共同創業者だった渡辺雅之がロンドンで創業した、学校教育向けのオンラインビジネスを展開する会社です。インドネシア以外にも日本、ロンドン、フィリピン、メキシコに展開し、合計1,000万人以上の生徒数を保有しています。インドネシアに進出したのは2015年で、現在は、スタッフ500名、拠点はジャワ島に6つ、スマトラに3つ、カリマンタンに1つ、スラベシに1つの、合計11拠点で活動しています。

(稲垣) 元々は独立系で立ち上がり、今はリクルートグループとお聞きしています。

(船瀬) はい。創業当初は「Quipper School」という、先生がオンライン上で簡単に宿題を作成したり、受講履歴などを追えるシステムを開発していたんです。このシステムが急激に伸び、一気に200万人のユーザーを獲得した2015年に、リクルートの一員となりました。リクルートグループには日本国内向けのオンライン学習サービスの「スタディサプリ」があったので、そのノウハウを活かしつつ、両社が組むことで「Quipper Video」というオンライン講義動画のサービスを開発しました。インドネシアでは所得格差・地域格差があり、所得の低い層や地域では質の高い教育を受けられないという難しい課題があるのですが、これらの解決を図るソリューションです。

(稲垣) 船瀬さんはどういうご経歴ですか?

(船瀬) 私は大学を卒業してマッキンゼーに入社し、4年間コンサルタントをしていました。Quipperに入社したのは2014年で、日本オフィスに半年間在籍した後、フィリピンでの事業立ち上げに携わりました。その後、インドネシアでも立ち上げることになりアサインされました。2015年5月の事です。当時は、インドネシアの共同代表の本間拓也と、20人の契約社員でのスタートでした。

リクルートグループに入った後、喧々諤々の議論をし、2016年4月に拡大を意思決定しました。インドネシアは7月が新年度で、年度始めは会員獲得の最大の機会です。この機会を逃すとさらに1年遅れるため、最大限拡大できるプランを作り、3カ月で500人を採用することになりました。

(稲垣) 3か月で20名から500名ですか! すごいアクセルの踏み方ですね。どうやって採用されたんですか?

(船瀬) まず、人事・営業などのマネージャーレベルの採用に着手しました。魅力的な上司がいないと、いい人材は入ってきません。2~3週間で集中し、朝も昼も夜も週末も、たくさんの人に会い、上位クラスのマネージャーを3人採用しました。次は、拠点長を11拠点分。あらゆるチャネルを使いながら面接しました。ようやく拠点長までそろったのが1カ月半後の5月半ば。そこからは全国に大採用をかけて、営業メンバーやマーケティング、コンテンツ制作などのスタッフを2か月かけて採用しました。

企業文化の根幹となる「Quipper Identities」の存在

(稲垣) 採用にあたってはどういうポイントを重視されたんですか?

(船瀬) 「Quipper Identities」という、我々が大切にしている行動指針が5つあり、特に幹部クラスの採用面接では、この指針に沿った価値観を持っているかどうかを見極めようとしています。インドネシアの教育に新しい価値を提供するには、皆が同じ価値観のもとに一体となることが不可欠。私と本間主導でインドネシアチームと共に作り上げた「Quipper Identities」が原案となって、今はこれがグローバルで使われています。アイデンティティが採用成功の大きな要因であるのは間違いありません。

また、大規模な組織を束ね、事業を成長させていく上で、常に経営とは何なのか?と手探りで考え続けていました。ひたすら本を読み、先人たちの功績からヒントを得ようとしたり、リクルートから学ぶことも多かったので、リクルートの人に話を聞いたり、いろんな資料を見るなどして、インプットを増やしました。そしてその中で使えるものを高速で実行し、PDCAを回していく。ノウハウの吸収と実践のバランスを大事にしていました。アイデンティティの重要性に気付いたのも、こういった学びを通じてでした。

(稲垣) 距離の遠い拠点が多くてマネジメントは大変ですね。

(船瀬) はい。重要なのは、同じ価値観や考え方を浸透する質の高いトレーニングや会議だと思っています。例えば、2週間に1回、ジャカルタで、拠点長会議という会議体を開きます。朝から晩までみっちり拠点長をトレーニングするんです。各拠点の数字を確認するのもそうですし、実際にロールプレイを拠点長にしてもらいます。拠点長ができないと各スタッフに落とし込めないので、質を確実に上げることに注力します。

その場で営業先の学校に電話をしてもらったり、今現場でどういうことが課題になっているのかというのを各拠点長に出してもらってディスカッションしたり、それらを1日かけて行います。これにより、拠点長間のレベルが統一されるのと、全員が単に1人の拠点長ではなくてQuipper全体のメンバーだという意識が芽生えるのだと思います。拠点長会議は大いに役立っていますね。

また、この会議では、取り組むべき課題を特定した上で、一つずつその課題を潰していくということをしています。例えば、立ち上げ当初、学校でのプレゼンのクオリティーにばらつきがあることが課題として認識できました。ですから、まずはそれを徹底的に修正する。次の会議ではアポ取りの効率を上げることを徹底。その次は、訪問する学校の選び方の精度を高める。このように課題を月ごとにしっかり1つに絞り、全拠点で同じことをやっています。

(稲垣) 宗教の問題とか、年齢の違い、生活の水準の違いから苦労されたことはありますか?

(船瀬) さほどないとは思います。働くことへのモチベーションが各々違うというのはもちろんありますが、ただそれは、インドネシア人だからというよりも、個人レベルでの違いのほうが大きいと思います。日本人でもいろいろな人がいるのと同じですね。ただインドネシアでは、個人による違いというよりむしろ、どのような会社の出身であるかの違い、差分の方が大きいと思います。その差分を埋めていくのがQuipper Identitiesで、ここで各々のモチベーションを統一するようにしています。皆でやっている取り組みが何に貢献するのか、どんな評価や成長機会があるのかなどを明確にしています。

(稲垣) 日本にいる日本人、これから海外に行く方に向けてのメッセージをお願いします

(船瀬) 日本人は勤勉だとか、ディテールを設計できるという強みがあると思うので、そこに自信をもって、とりあえず海外に出てみることが大事だと思います。一朝一夕ではできないことをコツコツ行うことができる、これは日本人だからだと思います。我々も「Quipper Identities」を武器に、企業文化や仕事のオペレーションをコツコツと細部までこだわって作っていきました。まだまだ挑戦は続きますが、日本人の特性が活きた文化になっていると思っています。

インタビューを終えて

企業文化の言語化は、私が専門とする仕事の一つだ。一般的にはミッション(不変の使命)・ビジョン(中長期的な目標)・バリュー(社員の意識・行動指針)という枠組みで、会社が大切にする文化を言語化していく。社内のコア人材でプロジェクトチームを構成し、半年くらいかけて作り上げる。

プロジェクト開始時に聞く質問の1つに、「御社の強みは何ですか?」という問いがあるのだが、これにバシッと答えられる人は少ない。

お客様・取引先・従業員のインタビューやアンケート、そしてプロジェクトメンバーとのディスカッションを通じ、なぜお客様は仕事を発注してくれるのだろうか。競合との差別化は何だろうか。そもそも我々は世の中にどんな価値を提供している会社で、誰がお客様になりうるのか。そういった本質的な問いに対する答えを探すことで、自分たちの存在意義がおぼろげにも見え、企業文化の土台となっていく。

船瀬さんに同じ質問をしてみた。

(稲垣) 御社の強みは何ですか?

(船瀬) 一番の強みはQuipper Identitiesの「User first」です。このUser firstがあるおかげで、教育さえやっていれば価値を出せるといった盲目的な考え方になるのではなく、ユーザーから数字にも基づいた評価をされるといった、教育とビジネスの融合を高次元で追求しているところが強みだと思っています。

彼はバシッと答えてくれた。ゼロから組織を作り上げ、これまで相当な苦労があっただろうが、それを楽しんでいるようにも見える。スタートアップに弱い日本、というイメージがあるが、是非教育の分野で世の中に大きなインパクトを与えていただきたい。

取材協力:船瀬 悠太(ふなせ ゆうた)さん
京都大学大学院 情報学研究科卒業。卒業後はMcKinsey & Companyにて、製造業、小売、製薬企業などのコンサルティングプロジェクトに従事。2014年Quipper入社。東京オフィスにてプロダクトマネージャーを経験後、フィリピンでQuipper Schoolの事業立ち上げに携わる。Quipperのリクルート買収後は、2015年よりインドネシアでQuipper Videoの事業展開の責任者として奮闘中。


本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=1566&page=1

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