COLUMN

2020.03.14

[HRプロ連載記事]第5回:「グローバルで通用する人事」になるための課題とは?

連載記事

“Be men with the eyes open to the world”――日本語に訳すと「世界に目を向けた人物たれ」という感じだろうか。この言葉は、ミッション系の広島学院中学校・高等学校が掲げるモットーの一つである。日本板硝子の最高人事責任者・中島 豊さんは、高校生時代に母校のこの言葉に影響を受け、まさにいまグローバル人事として、世界の舞台で大活躍されている。現職の前は、富士通、リーバイ・ストラウス、GM、Gap、楽天、シティ・グループ、プルデンシャル生命を渡り歩き、世界を見てこられた。そんな中島さんと、「日本の人事の現状や課題」について議論した。結論から言うと、改めて私は「日本の人事はこのままではまずい」と感じた。我々がどのようなバージョンアップをしていくべきなのか、具体的な話をお聞きすることができたので、ぜひ更なる高みを目指すヒントとしていただければと思う。

人事ビジネスパートナーとは

(稲垣) 中島さんは、「これからの人事部門は、日本だけにとどまらず、高度な『専門性』と自社の事業に対する『深い理解』、そして、その上に立った『論理的な実践』が求められる」と仰っています。

これは“人事部が経営者にとっての「右腕」となり、意思決定に影響を与えるパートナーにならなければいけない”という、ミシガン大学のウーリック教授が提唱されている「人事ビジネスパートナー」という役割だと思います。まずは、なぜこの言葉のような見解に至ったのか、中島さんのご経験などから教えていただけますでしょうか。

(中島) 私は大学を卒業して富士通に入社し、人事を担当していました。富士通はグローバル化に踏み切っていたのですが、当時のグローバルというのは、企業を買収しても現地企業とは距離を置き、ポートフォリオ管理だけして経営は任せる、という形だったので、基本的に日本にグローバル本社は要りませんでした。一言でいうと、統治をしているのではなく、「仲良しクラブ」みたいな感じです。

変化の契機となったのは、ICLの買収でした(富士通は1990年に英ICLを1,890億円にて株式の80%を取得し、電算機分野で世界2位となり、IBMを追撃する体制を整えた。当時、大変話題となった大型買収)。ICL自体も非常に伝統のある会社で、オペレーションは整備されているし、ガバナンスの手法として、報酬委員会や指名委員会という仕組みも持っていました。

しかし残念ながら、日本サイドでは企業統治のレベルが全然追いついておらず、ICLをマネジメントするノウハウがほぼないに等しい状態でした。当時、MBAを終えて帰国してきたばかりの私には、報酬の仕組みやストックを使ったインセンティブなど、ある程度、欧米企業の人事管理の知識があったのですが、経験も浅かったため、経営のパートナーどころか意見すら出せませんでした。

(稲垣) バブル期でお金があったから買収したのはいいものの、グローバル人事視点で経営するノウハウは持ち合わせていなかったんですね。

(中島) そうですね。グローバルで人的資産を運用する、という発想はまずなかったですね。

(稲垣) それにしても、日本を代表する大企業の富士通がそういう状況だったんですね。そんな時代を経て、現在、日本の人事レベルは世界と比較して上がってきているのでしょうか。

(中島) 2015年にコーポレートガバナンスコードが施行されて、指名委員会・報酬委員会を設置する企業も増えましたが、まだまだ十分ではありません。日本はもっとマネジメントを勉強しなければなりません。マネジメントはシンプルです。PDCAサイクルを回す、これに尽きます。そしてPDCAサイクルを回すためのツールは、何と言っても数字です。アカウンティングやファイナンスを、きちんと理解している人事がどれだけいるのでしょうか。

そもそも日本人は、「お金儲けは悪いこと」というデフォルトの考え方が強い。経営には必ずお金が必要で、数字を理解したPDCAサイクルで回さなければならないのに、美学や哲学が先行してしまっているのです。すでにその段階で、グローバルの中で立ち遅れていると言えます。

人事が学習すべきは経営数字

(稲垣) 近頃、日本の大学ではリベラルアーツが重要視されてきていますね。

(中島) それについては、私は賛否両方の意見を持っています。どういうことかと言うと、リベラルアーツは哲学や価値観を作る上では大事なんですが、西洋の哲学や芸術を中心にした勉強ばかりしていると、「新プラトン主義」というか、“実学”を軽視する考え方に陥ってしまいがちなんです。企業経営には、「どう実践するんだ?」、「数字はついてきているのか?」という視点が必要です。日本が決定的に弱いのは、この部分だと感じています。

欧米のマネジメントを見て思うのは、数字を見ながらPDCAサイクルを回していくシステムがちゃんと確立していて、それをどう動かすかも、みんながきちっと理解している。それがグローバルルールなんですよね。

(稲垣) なるほど。人事もそれに協力するべきだ、ということですよね。

(中島) そうです。人事もPDCAサイクルを回さなければいけません。人件費とかそういう話だけではなくて、PDCAサイクルのシステムを動かすために複式簿記を理解して、お金と資産の管理を把握しないといけない。人事であれば、資産である“人”に、必要なコストをバランスさせていくためのPDCAを回すシステムが重要です。経営のパートナーとしての人事は、この役割ができなければいけません。そうでないと、経営というゲームのボードの上に上がれないんです。日本の企業が弱いのは、ボードの上にすら上がれない人材が非常に多いからだと思います。

(稲垣) 実は僕自身も、インドネシアに行って反省させられたことがあります。現地で人事の課題をお聞きすると「在庫の管理意識」や「一人当たりの売上高」など、経営数字に絡んだ相談や質問をされるんです。

日本で人事の方々と仕事をしていた時は、こんな質問はほとんどされませんでした。日本では「採用のブランディングが上がる」とか、「採用予算を抑えられる」とか、「離職率が下がる」とかそういう説明が求められますが、インドネシアの現地の社長に納得してもらうには、会社のP/L(Profit and Loss Statement:損益計算書)・B/S(Balance Sheet:貸借対照表)のどこに影響するのかを説明する準備がないとダメなんだということが分かりました。

(中島) そうなんですよ。会社の経営というのは、「お金の流れ」と「資産」で成り立っているんです。世界経済は、会計学が根付いた国が必ず制覇します。これまでイギリスやアメリカが経済において世界を制覇していたのは、両国の中に会計システムが根付いて、企業会計がしっかりできていたからです。会計というのは、複式簿記を使わないと実際に利益が上がっているのかが分からない。経営は、利益が上がって、その利益を蓄積して、それを基にビジネスを拡大する、というのが基本モデルなんです。

バリューを伝え、相手の共感を生む語学力

(稲垣) あえてお聞きしますが、今はVUCA(Volatility:変動性・不安定さ、Uncertainty:不確実性・不確定さ、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性・不明確さ)の時代と言われていて、従来のPDCAを回すだけではダメだという意見もありますよね。

(中島) その通りです。PDCAサイクルを単純に回すだけの経営には落とし穴があります。PDCAが“負のサイクル”に入る時があるんです。それがまさにVUCAですが、従来のPDCAサイクルだけを回していると、周りの環境が変わることで、だんだん縮小経営に陥るケースがあります。

そういう時は、ビジネスモデルの根幹にある、マネジメントシステム全体を変えなきゃいけない。アメリカは、システムを回す根っこに“価値観”がある。そもそも国家レベルにおいても、リバティーだ、フリーダムだと建国の精神を非常に大切にする国柄ですから。彼らには大切にしている会社や事業の“価値観”があって、そこに立ち戻るんですよね。立ち戻って今のシステムを見て、「おかしいな、じゃあ変えよう」と。だからIBMみたいに、パッと生まれ変わることができるんです。これがいわゆる、「バリュー」です。

つまり、「システム」と「バリュー」を高次元で持っているからこそ、アメリカの企業は強いんですね。GAFA(ガーファ:Google、Amazon、Facebook、Apple)はその典型です。しっかりしたマネジメントシステムを構築していて、かつ自分達の使命とかミッションといった強いバリューを持っているんです。

(稲垣) なるほど、システムとバリューか。システムはともかく、日本でも理念や行動指針など、バリューのほうは少なからず意識しているかも知れません。

(中島) そうですね、日本もバリューから生まれるものづくりの精神やチームワークは、強固なものを持っています。しかし、グローバルで企業を統括するには、それを日本人だけでなく、多国籍の人たちに説明し、共感してもらわないといけない。そのために、絶対的に足りないのが語学力です。

日本人はよく語学ができないと言われますけど、違うんです。語学に時間を費やしていないだけです。語学はゴルフの練習と一緒で、時間をかけさえすれば、できるようになります。集中して勉強し、ちゃんと実践練習すれば、成果は出るんです。楽天では、TOEICで何点取るには何時間勉強すれば達成できる、という方程式を作っているみたいですが、要は、時間をかけるということです。

(稲垣) 中島さんは、いつから英語を意識的に勉強されたんですか?

(中島) 留学に行った27歳の時です。それまでは大学受験で勉強した程度でしたから。冗談みたいですけど、それが初めての海外で、パスポートもそこで初めて取りました。(笑)

(稲垣) もともと海外へ行くことは決めていたんですか?

(中島) 決めていました。学生時代から常に「グローバル」というのを自分のテーマに据えていました。会社を選ぶ時も、グローバルで活躍できそうだと思ったから富士通を選択しました。私の母校の広島学院の教育のメッセージが、「Be men, Be Japanese, Be men with the eyes open to the world. Be men for others」なんです。世界の人のために、世界の人とともに生きる人間になれ、と。因みに、男子校だったので「men」という言葉を使っているんですが(笑)。

(稲垣) その言葉を胸に、自分の生き方を貫かれるというのは素敵ですね。まさに、中島さん自身にブレないバリューがあると言えますね (笑)。ここまでのお話で、日本の課題がはっきりと見えてきました。最後に、日本人のいいところ、利点は何でしょうか。

(中島) 我々の強さの1つは、やっぱり性質としての「几帳面さ」ですね。決まったルーティンをきちんとやるところ。あと、「チーム作り」は得意だと思います。ヨーロッパの企業を見ていて思うのは、彼らの国は社会階層が多いので、なかなか1つにまとまりにくい、ということです。そういうところはアメリカも同じですね。アメリカにはさらに、人種の壁というのもあります。その点、日本は社会階層が少ない国なので、1つのチームを作ってみんなの知恵を集めるのが非常に上手だと思いますね。

インタビューを終えて

今回、日本の人事改革において明確なキーワードを頂いた。それは、「システム(経営数字)」と「バリューを伝える語学力」だ。これまでの日本の人事は、人の気持ちの機微や組織の力学をとらえることばかりに重きを置き、かつ「それらは数字では表現しにくい仕事だ」という逃げ口上を述べながら、P/L、B/Sなど「数字」に対して強い意識を持ってこなかった。これは昔、私が人事部にいたときの自戒の念でもある。そして、「バリュー」は、伝わって初めて意味を持つ。当社もインドネシアに子会社があるが、私が大事にしているバリューをメンバーに伝えられているかと自問すると、もっと努力が必要だと感じた。

早速、自分自身が行動に移したいと思う。10月からグロービスで、ファイナンス講座を受講することにした。会社を15年経営してきたから経営数字は身についている、という過信を捨て、もう一度学び直してみようと思う。そして次回のインドネシア訪問時に、メンバーと当社のMissionを題材に議論する。何はともあれ、まずは行動だ。

取材協力
中島 豊(なかじま ゆたか)さん
日本板硝子株式会社 CHRO(最高人事責任者)、グループファンクション部門 人事部 統括部長
中央大学ビジネススクール特任教授

東京大学法学部卒。ミシガン大学経営大学院修了(MBA)。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了(博士)。富士通、リーバイ・ストラウス、GMで人事業務に従事し、Gap、楽天、シティ・グループの人事部門責任者を経て現職。企業の人事部門での実務経験を背景に、人的資源管理論や人事政策論を専門とする。【著書】『非正規社員を活かす人材マネジメント』『人事の仕事とルール』『社会人の常識-仕事のハンドブック』(日本経団連出版)【訳書】『ソーシャル・キャピタル』(ダイヤモンド社)『組織文化を変える』(ファースト・プレス)


本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=1810&page=1

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