COLUMN
本日の対談ゲストは、株式会社ワーク・ライフバランスの大塚万紀子さん。彼女は同社を代表の小室淑恵さんと2006年に立ち上げた。今では「ワーク・ライフバランス」という言葉自体、普通にビジネス用語として使われるが、今から15年前は、セミナーを開催しても1~2%くらいの人しか知らなかった言葉だったらしい。「24時間働けますか」の某CMを地でいっている会社もまだまだ多かったであろう社会背景の中、壮絶なアントレプレナーシップで駆け抜けられた15年について大塚さんにお伺いした。
INDEX
稲垣:それでは大塚さん、まず簡単に自己紹介をお願いいたします。
大塚:株式会社ワーク・ライフバランスは、「サスティナブルな働き方改革」のプロフェッショナル集団として働き方改革を行っています。私は代表の小室と2006年に会社を立ち上げましたが、今では仲間もどんどん増え、1000社を超えるお客様にサービスを提供しています。
稲垣:今は「ワーク・ライフバランス」という言葉自体普通に使われますが、2006年の創業のころは、今の常識とはだいぶ違う環境だったのではありませんか。そのころはどんな時代背景だったのでしょうか。
大塚:まさにおっしゃる通りです。300人くらいが入っている講演会場で「ワーク・ライフバランスという言葉を聞いたことがありますか」とお伺いすると2~3人くらいしか手が上がらないというのが当時の状況でした。1%や2%くらいの方がどこかでは聞いたことがあるな、覚えがあるなという状態ですよね。手が上がった方にちょっと説明していただけますかと話を振ると、いやちょっとそれは……というふうに、うまくは説明できないという状況でした。もしくは「ワーク・ファミリーバランス」という捉え方で、対象者は家庭を持っている人だけ、女性の育児支援だと思われている人が多かったと思います。独身の方や男性には関係ないという、そんな状況でしたね。
稲垣:ワーク・ライフバランスとは、ひとことで言うとどういうことですか?
大塚:「サスティナブルな働き方を実現する」ということです。無理な労働や、生産性の高くない働き方、プライベートを犠牲にした働き方を見直し、ワークとライフの双方を充実させ、サスティナブル(持続可能)な状態を目指します。また、ライフで得た経験や情報といった様々なインプットを、ワークで商品やサービスとしてアウトプットする。そんなワークとライフの相乗効果(シナジー)を生み出すという循環型の働き方でもありますね。
稲垣:大塚さんご自身も、創業期からそのテーマに関心があったんですか?
大塚:実は私、創業前は、2001年から楽天にインターン・新卒として約4年間所属していました。
稲垣:そのころの楽天さんは、なかなかのハードワークですよね……。
大塚:はい、ハードワークでした(笑)。楽天自体立ち上がって5~6年という本当に若い時期です。社員番号も若かったので、まだベンチャー。私、新卒で入社しているんですが、その前に大学院生のときからインターンで1年半ほど、ほぼ毎日を楽天で過ごすという生活をしていました。新卒の時は新規開拓で楽天市場への出店を電話で営業する部署に配属されました。仕事は好きでしたから、毎日必死に頑張って新人で達成率420%をマークしたりして、本当に良く働いていましたね(笑)。ただ人生のライフイベントがやってきた時にどうしても女性が割をくっているというところが、当時の先輩方を見ていると見え隠れしていました。上層部、役員層はほとんど男性でしたし、女性らしさというところがどこまで認めてもらえる会社なんだろうかと。
しばらくして、これは楽天だけではないかもしれないぞと思いました。ほかに楽天以上に女性が活躍できている会社があるのかとか、時間という切り札を使わずに評価されている会社があるのかと考えると、ほとんど当時はなかったんですよね。楽天の現場では女性も活躍していてサービスを生み出していましたし……。なので、私自身が長距離ランナーでビジネス業界の中で生きていく時に、この働き方が日本の是とか前提になってしまっていると日の目を見ないなと思ったんです。ちょっと働き方のベースを変えていかないといけないぞというところから、友人だった小室と意気投合して、株式会社ワーク・ライフバランスを設立しました。私自身は残業三昧で仕事大好き人間であり、今も仕事は大好きなんですけれども、仕事大好き=時間を湯水のように使うという考えを変えたかったんです。
稲垣:相当なアントレプレナーシップですよね。世の中にニーズが全くあるわけじゃなくて、潜在ニーズの時に始められたのは。最初はかなり苦労されたでしょう。
大塚:潜在の潜在の潜在でした(笑)。とても苦労しました。ただ小室がアメリカに遊学していた時に、アメリカのシングルのワーキングマザーのご自宅にベビーシッターとして住み込みで働かせていただいた経験の中から、先進国がなんの課題にぶつかっていくかっていうのを経験として知っていたんですね。この流れというのは必ずアメリカから日本にもやってくるはずですし、日本もぶつかる壁だということを肌感覚として小室が持っていたのは非常に大きかったと思います。
稲垣:ワーク・ライフバランス社の考える、日本のあるべき姿はどういう状況ですか?
大塚:私たちは、数字などの目標を持たないようにしています。そのKPIを達成することが目的になってしまうからです。ただ、「いつかワーク・ライフバランスという言葉や私達のようなコンサルティングの仕事がなくなる日がくることを目指そう」という思いは唯一持っています。
稲垣:日本はその状態に向かって進歩していますか?
大塚:2006年の時と比べて進歩していますかと問われたら確実に進歩はしています。例えば労働時間についても、2006年当時は36協定を結んだとしても天井がなかった時代ですから。協定の意味があるかどうかもわからないなかで労働時間の上限というキャップをつける議論が生まれた。それは労働時間という概念を皆さんが意識するきっかけになったはずです。2006年にはまだお問い合わせの内容が、「子どもができたので仕事を続けていいか迷っています」っていうお悩みが結構多かったんですよ。どちらかというと育児と仕事をどう両立させて、仕事を続けさせるかが企業の課題でした。従業員側も続けていいのだろうかっていう悩みを誰かに相談したいっていうフェーズですね。
それが今は仕事を続けるのは当たり前。企業側もそうですし、従業員側も復帰っていう考えが当たり前なんです。ただ「復帰したあとにどういうふうに働いたらお役に立てるんでしょうか」とか、「せっかく復帰してもらった人達に、持っている能力を最大限に活かして成果を上げてもらうにはどんなサポートが必要なんでしょうか」というお悩みが2006年の頃に比べて増えてきました。なのでお悩みの質が変わってきているなというのは現場から伺う声としてもありますね。
ただ進んでない部分があるとすると、リーダー層の割合です。例えば役員とか部長、事業部長までいく人というところになってくると、少しやっぱり時間がかかることではあるので、物足りない数字だと思われるかもしれないですね。
稲垣:なぜそこは進まないのでしょうか。
大塚:まず、役員や管理職に引き上げる母数が足りません。その本質的な課題は恐らく評価だと思います。どういう人材を評価するのか、どういう働き方を評価するのか、何を成果とし、その成果をどう評価していくのか。その評価のマネジメントや、評価者トレーニングといったところが後手に回っている部分は大きいと思います。今ワーク・ライフバランスコンサルティングのご依頼をいただく先進的な企業は、評価のご相談をいただくことが多いですね。
稲垣:そうですね、日本の評価システムは本丸だと思います。長く働くことが一つの成果になっている。残念ながら日本の生産性は低いですね。
大塚:ここは実は今回コロナ禍で非常に明るみに出た部分だったかなと思っています。ワーク・ライフバランスの真髄って、ワークに一辺倒になると、その軸が折れたときにすべてを失ってしまうことになるから、ライフでもいろんな軸を持つことが大切ですよ、というところなんです。仕事にも私生活にも軸があることで人生としてのバランスがとれる。ワークがうまくいかない時はライフに支えてもらえばいいし、ライフがうまくいかない時はワークが支えになってくれることさえあるでしょうね。ライフだけ充実していても支えとしては心もとないわけです。なのでワークとライフをシナジーさせて相乗効果を生み出していこうねっていう概念をずっと15年間提唱してきています。バランスっていうよりはシナジーっていう言葉がフィットすると考えているんですね。特に日本人は仕事が大好きな方、仕事に熱意のある方が多いので、仕事にもライフが相乗効果をもたらしてくれるよっていう言い方をすると、初めて「納得できた」とか、「気持ちよく受け取れた」なんていうふうに言ってくださったりします。
稲垣:このコロナ禍で日本人の仕事の仕方は変化しましたか?
大塚:最近、当社が開発した「朝メール.com」へのお問合せが急増しているんです。朝、仕事を始める前に一日の予定を、業務内容・所要時間と合わせて組み立てて、チームや社内に共有するんですね。そして、夜、仕事を終える前に予定通りに進んだかどうか、進まなかった場合は何が原因だったのかを振り返る。非常にシンプルなツールなのですが、なんと、コロナ禍前後で7倍もお問合せが増えました。なぜだろう、と思ってお客様にヒアリングさせていただくと「今までは部下が目の前で仕事をしていたので、何をしているのか、何に悩んでいるのかなどがよくわかった。でも、リモートワークになった今、どこで何をしているかなど様子がまったく見えなくなって不安で……」という声を管理職の方々からいただきました。また、現場の皆さんからは「リモートワークで誰も見ていない、と思ったら、だらだら仕事をしてしまって……」「むしろ残業が増えてしまって……」なんていうお悩みをうかがいました。
つまり、管理職も社員も、自分たちの時間の使い方や仕事の進め方についてこれまでの方法ではダメだということはわかっているのだけれど、何からどう変えたらいいかがわからない。そのヒントをつかむために「朝メール.com」に関心を寄せてくださっているんですよね。「朝メール.com」を使っただけで時間自律性が増して、残業が2割減った、なんていう嬉しい感想もいただいています。時間は1日24時間、これは総理大臣でも生まれたての赤ちゃんでも等しい資産なわけです。この24時間を何にどう使うのか、ということを考えて、組み立てていくことが、これからの求められるスキルになってきますし、評価のポイントにもなってくるように感じていますね。
稲垣:生産性を高めたという成功体験も必要ですね。
大塚:本当にその通りで、長く働くことが正解だった時代から、今は正解が変わっているわけです。ただ、18時に仕事を終えることを目標としているある会社の方が「毎日1時間早く帰れるようになったんだけれど、たかが21時の退社が20時になっただけで、まだまだだ」とおっしゃっていました。いやいや、1時間早く帰れるということはすごい成功体験ですよとお話をすると、「そうか、これは成功体験だったんだ、じゃあ明日は19時に帰れるように頑張ろう」という気持ちになれるわけで、そこが大きなポイントだと思います。
稲垣:確かに。日本人はペシミスト(悲観主義)なんですね。
大塚:そうです。減点主義です。5分でも変われたことがすごいし、やってみたことが素晴らしいし、それが明日につながりますねっていうのを組織の外から結構“能天気”に私たちがお伝えし続けると、組織には刺激になりますよね。
稲垣:日本は変われますでしょうか。
大塚:変わらないと国が沈むのではないかと思います。しかし今の中学生・高校生を見ていますと、未来を見ているなと思いますし、自分が当事者であるっていう意識を持ちながら日々勉強したり活動したりしているなと思います。私はそこにはすごく希望を持っていますね。
稲垣:中高生は、当事者であるという意識を持っていますか。
大塚:私もそうですがバブル時代を経験していないので、日本が上り調子だった時期を知らないんですよね。私たちより10歳ぐらい上の先輩達のイケイケドンドン、いつかなんとかなるよみたいな楽観的なムードにはどうしてもなれないところがあるので、結構自分で考えていかなきゃいけないんだなというところが、我々世代にまず強くあります。そんな世代の親に育てられているのが今の若い世代ですので「自分のことは自分で守らなきゃ」とか、「自分自身で道を切り開いていかないと、待っていても誰か助けてくれるなどはありえない」みたいな、そういったマインドの学生さんがすごく増えていますね。当社のインターンの門を叩いてくる大学生の皆さんも同じような感覚です。「組織、大企業に入ったからずっと安泰っていうこともありえないですよね。そんなこと僕らは分かっているんです」っていう前提で、自分の人生は自分で切り開かないといけないと考えていると思うと、まだまだ日本の未来は捨てたもんじゃないんだろうなって強く思いますね。
稲垣:我々世代も、まだまだ自分に新しい考えを取り入れて勉強していかないといけませんね。
大塚:最近「リカレント教育」というキーワードも出ていますけれども、寿命が延びていく世界では、定年という概念すら薄れてきています。社会としても少子化が進んでいますから、高齢者も様々な形で社会への貢献が求められます。体力のある人は80歳くらいまで働いてくださいね、という時代がやってくるかもしれません。そうなると、20代~80代が社会人生活になるわけですから、60年間もあるんです。当然、ビジネス環境も変化しますから何度か学び直さないといけないと思うんですよね。20代のころに卒業した学歴や経験を鼻にかけて何かをするのではなくて、今何を学んでいますかということが今後のダイバーシティの要素のひとつになっていくかなって思ったりしていますね。
大塚さんは、とても自然体で素敵な方だった。まさにワークとライフのバランスが取れていて、お互いがシナジーを生む充実した時間を過ごされているんだと感じた。最後に子育ての先輩として、その秘訣を聞いたところ、「親が楽しむこと」とおっしゃられた。仕事も含めて人生全体を楽しむ。確かにその背中を子供たちは見ているんだと思う。ただしそこには24時間という、みんなに平等で増やすことのできない資産があって、その資産をどう使うかが「ワーク・ライフバランス」のカギなんだろうと思う。
取材協力:大塚万紀子さん
株式会社ワーク・ライフバランス パートナーコンサルタント、金沢工業大学大学院客員教授、一般財団法人 生涯学習開発財団 認定コーチ。創業メンバーとして、現場の働き方にそった細やかかつダイナミックなコンサルティングを提供し続けている。自らのマネジメントスタイルを変革してきた過去の経験や、高度なコーチングスキル、コミュニケーションスキルを活かしてさまざまな働き方改革を効果的に遂行。二児の母として、管理職ながら自らも短時間勤務を実践。社会の課題解決に向けた創業支援や、若年層・子どもが自分の可能性を信じてチャレンジし続けられる社会の醸成に向けても精力的に活動中。プライベートでは、MBTI認定ユーザーとして、心理学的側面から心の機能について研究を重ね、ワークショップなどを開催している。