COLUMN

2020.02.06

[HRプロ連載記事]第8話:常にラーニングゾーンで自己成長を促すセルフコントロールを

5.連載記事

変革的リーダーシップ理論で有名なミシガン大学教授のノール・M・ティシー曰く、ビジネスパーソンが働いている環境には、コンフォートゾーン、ラーニングゾーン、パニックゾーンと3つの領域があるという。
「コンフォートゾーン」は、自分の持っているスキルセットで仕事を進めることができてしまうのであまり成長がない領域。「ラーニングゾーン」は、コンフォートゾーンから一歩出たところに広がっており、自分のスキルセットがあまり通用しないため、冷や汗をかきながらいろいろなことに挑戦する領域。「パニックゾーン」は、ラーニングゾーンよりさらに外側に出たところに位置し、自分のスキルセットが通用しないばかりか、何が起きているのかもよく分からず精神的な不調をきたしかねない領域。
ビジネスパーソンとして成長していくためには、ラーニングゾーンに身を置くことがよいというのが教授の主張である。

セルフコントロールの重要性

いま自分はどの領域にいるのか。改めて自問してみたが、私の場合、コンフォートゾーン:ラーニングゾーン:パニックゾーンの割合は、3:6:1くらいであると思う。クライアント先でコンサルティングや研修をする際は、自分のスキルセットを発揮するコンフォートゾーンにいるが、そこに至る準備期間や、新しいビジネスの立ち上げでは、ラーニングゾーンに身を置き、新たなインプットやネットワーク作りに励んでいる。時に、刺激的な経験を求めたり、消化しきれない情報を目の当たりにしたりすることもあるので、パニックゾーンは1割くらいだろう。

インドネシアに来て4年経つのだが、当初は知り合いもほとんどおらず、ネットワークはゼロに等しかったため、ラーニングゾーンが多かったのはもちろん、それを飛び越してパニックゾーンに陥ることも多かった。上記の比率でいうと、1:7:2くらいだろうか。この比率はさすがにちょっとバランスが悪く、精神的にもきつく感じた。

しかしいまや、出身地の大阪、ビジネスで大半を過ごした東京に加え、ここジャカルタが“第三の故郷”になっている。適度なコンフォートゾーンやラーニングゾーンの中で生活するためには、日本で生活する以上に主体的に、所属するコミュニティを選択し、自らの心の拠り所を築いていく必要がある。それはいわゆる「セルフコントール」能力と言い換えても問題ない。ただ、私のここでの生活全般がコンフォートゾーンとなっているのは、セルフコントロール能力だけでなく、多くのご縁をいただき、いろんな方々にお世話になっているお陰にほかならない。

私が特に大切にしているネットワークの1つに、「クローバー会」という大学ネットワークがある。これは私の母校である同志社大学のOB・OGで結成されるコミュニティだ。日本にいたときは大学との繋がりは皆無だったが、マイノリティとなる海外では、いわゆる“マズローの欲求5段階説”で言うところの「所属と愛の欲求」が刺激され、コミュニティに対する帰属意識が芽生えやすいのだろう。

インドネシアに存在する様々なコミュニティ

インドネシアには、大学コミュニティだけでなく、共通する出身地・年齢・干支で集まるコミュニティ、スポーツ系から文化系まで共通する趣味で集まるコミュニティなど、さまざまな日本人コミュニティが存在する。こちらで有名なフリーペーパー「Lifenesia」のウェブサイトでそれらを検索することも可能だ。

前述した3つの領域のバランスが悪く、精神的にきつく感じている方は、ぜひご自身に合いそうなものを探されてみてはいかがだろうか。

今回は、私が所属する同志社大学OB・OGのコミュニティである「クローバー会」の田中会長にお話を伺った。田中会長は、大学卒業後、入社されたワコールと、その後のGS YUASAの2社で、実に16年以上海外でご活躍されている。そして現在、PT. YUASA BATTERY INDONESIAのCommercial Directorを務めながら、インドネシアクローバー会の会長に就かれている。そんな田中会長に、コミュニティの大切さと、いまの時代における海外で成長する人のポイントについてお伺いした。

同志社のクローバー会

稲垣 クローバー会の歴史について教えていただけますか?

田中 インドネシアでは、2001年に発足された団体で、私はいま5代目の会長を務めさせていただいています。同志社のオフィシャルサイトにも掲載されている団体ですが、基本的には各国で自主的に駐在員が立ち上げ、後から大学のお墨付きをもらっています。各大学でいろいろなルールがあるようですが、同志社の場合はOBが集う会をサポートする「校友会」があって、そこから活動援助金や大学のロゴデータの提供など、活動のサポートをしてくださるという感じですね。

稲垣 いまクローバー会に登録されている方は約100名。とても活性化していると思いますが、雰囲気づくりはどのように工夫されていますか?

田中 普段皆さんは、異国の地でいろんなストレスも抱えながら仕事を頑張っていると思うので、出来るだけ気軽に参加できるような雰囲気を作りたいと思っています。大学の繋がりということで、しがらみなく参加できるので、特にフラットな人間関係を保てるように気を配っていますね。みんな大学時代を思い出すんでしょうね。年が離れていても楽しそうに会話されています。

稲垣 いま、年間の活動はどのような感じでしょうか。

田中 懇親会を3カ月に1回、ゴルフを年6回実施しています。ゴルフは学内戦も行いますが、近頃は大学の対抗戦が多くなってきましたね。一つは、関関同立戦。これはもう“負けられない戦い”ですね。2014年11月から開始して同志社は3勝、関学が1勝。この時は大学生の気分に戻って全員で同じポロシャツを着て、一致団結して戦います。勝ったら他校の前で自分たちの校歌を熱唱する権利を得ます。これが気持ちいい!(笑)

コンフォートゾーンとラーニングゾーン

稲垣 このような大学コミュニティの存在を含め、昔と比べて、インドネシアでは外国人である我々もだいぶ暮らしやすくなっているんですね。ノール・M・ティシーの理論で言うところのコンフォートゾーンが広がっているんですね。

田中 そうだと思います。このようなコミュニティがたくさんできていることもそうですし、トイレにも紙があって街も綺麗になってきて、ショッピングモールも建って、とても便利になった。ハードの部分ではかなり進化していて、日本にいるときとあまり変わらない。英語を話すインドネシア人も圧倒的に増えて、駐在しても英語で仕事をすることが可能になっています。それらは素晴らしいことだと思いますが、反面、本当のインドネシアに触れる機会は減ったかもしれません。

1991年、私がワコール時代、インドネシアに初めて来たときは、クローバー会はもちろんありませんでしたし、街も人も整備されていなかったので、いろんな面で心もとなかった。言葉も、英語がなかなか通じないので、スタッフとコミュニケーションをとるために一生懸命インドネシア語を勉強し、いわゆるラーニングゾーンで汗をかきながら生活していたように思います。でもその結果、この国にどっぷり浸かって、インドネシアの文化・習慣・歴史・考え方を深く理解することができたと思います。

インドネシア人からすると、常にコンフォートゾーンから話している日本人には距離を感じてしまうでしょう。この国を理解するために、自らこの国のコミュニティに飛び込み、インドネシア人の文化で生活することも大切だと思います。そのように頑張っている方々の為に、クローバー会のようなコンフォートゾーンを提供するコミュニティが存在していると思っています。今後も私はクローバー会を、同志社のOB・OGの方々にとって心地よい場所であり続けられるように運営していきたいと思っています。

インタビューを終えて

今回、田中会長のお話をお伺いし、カルチャーショックの大きさが一昔前といまとでは、ずいぶん違うんだということを再確認した。私自身は、人や組織に関して課題を抱えているクライアントや、新規進出してこられる日系企業様方のラーニングゾーン、パニックゾーンをコンフォートゾーンへ導き、その上で新たなラーニングゾーンを提供する存在でありたい。まずは、私自身がいまの環境に甘えず、常にラーニングするよう自分をコントロールしていきたいと思う。

取材協力:田中寿久(たなか としひさ)さん 1982年同志社大学経済学部卒業後、ワコールに入社。約30年間の在籍中、インドネシアに5年半、フィリピンに6年駐在する。 2012年にジーエス・ユアサコーポレーションに転職し、2013年4月からインドネシアに赴任。現在に至る。2015年から第5代目のクローバー会会長を務める。


本コラムは、HRプロで連載中の当社記事を引用しています。
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=1595&page=1

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